9――上手な医療のかかり方を実現する上で必要なことは何か
1|意思決定に向けた代理人機能の充実
では、不確実な意思決定を強いられる医療分野で、どのような意思決定支援が求められるだろうか。あるいは今後どういった対応策が求められるだろうか。
以下、懇談会の宣言で書かれている内容と重複する部分も含まれるが、(1)意思決定に向けた代理人機能の充実、(2)医療の「入口」を絞り込む選択肢、(3)標準的な医療情報の開示、(4)患者団体・住民団体による相互の学び、(5)自治体の主体的な取り組み――といった対応策を考えてみる。
第1に、意思決定に向けた代理人機能の充実である。先に触れた通り、患者は不確実な意思決定を強いられており、最後は医師を信任することになる。さらに医療の場合は個体差による影響を無視できず、症状や緊急性に関する将来予測は極めて困難であり、患者だけでなく、医師などの専門職も不確実な意思決定を強いられている。こうした医療サービス特有の不確実性を踏まえると、患者と医師の信頼関係が最も重要であり、患者から見ると信頼できる医師や専門職の存在が重要となる。
実際、もし患者が「何でも相談できる専門職」を身近に持ち、「救急を呼ぶ前に相談できる」「専門職との対話を通じて、ある程度は身体の変化を事前に予想できる」といった安心感を持てれば、「下手な医療のかかり方」が止まるかもしれない。
つまり、専門職が患者の立場に立って、生活上の不安なども含めて患者の希望や意思を引き出すことが重要であり、この点については、表1の5つのプロジェクトの第1番目として掲げられている「患者・家族の不安を解消する取組を最優先で実施」と一致している。さらに、患者と医師による「意思決定の共有」(shared decision making)という方法が重視されている点や、患者の経験を引き出す物語(ナラティブ)の必要性が論じられている医療人類学の議論
14とも符合する。
患者―医師の信頼関係の重要性については、「プリンシパル・エージェント理論」で説明できる
15。この理論は医療に限らず、広範に使われており、何らかの労務を「依頼人」(principal)が「代理人」(agent)に委託する関係性を重視する。例えば、選挙であれば「国民が依頼人、政治家が代理人」、企業経営で言えば「株主が依頼人、経営者が代理人」という関係性になり、これを医療サービスに当てはめると、患者が依頼人、患者から委託を受ける医師や専門職が代理人になる。
つまり、医師などの専門職は患者の意思に沿って、幅広く健康問題に対応する代理人としての機能が求められる。こうした代理人機能を充実させることで、患者の不安が解消されれば、「下手な医療のかかり方」を抑制できるのではないか、と考えられる。
実際、海外の医療制度改革では幅広い健康問題に解決するプライマリ・ケアが重視されており、イギリスでは家庭医(GP、General Practitioner)と呼ばれるプライマリ・ケアの専門医が患者との間で信頼関係を構築し、単に病気だけを治すのではなく、生活全般を継続的に支えることで、代理人としての機能を果たしている
16。日本でも代理人機能を果たせる専門職の育成が必要であり、GPに相当する総合診療医の育成がスタートしたことはプラス材料と言える。このほか、訪問看護師や社会福祉士、かかりつけ機能が強化されている薬剤師
17、保健師、ケアマネジャー(介護支援専門員)などの専門職も代理人機能を果たせる可能性がある。一部地域で育成が進んでいる「コミュニティ・ナース」も一つの候補になり得るかもしれない
18。こうした専門職の育成が宣言の1番目に掲げている「患者・家族の不安を解消する取組」ではないだろうか。
14 Arthur Kleinman、江口重幸、皆藤章編監訳(2015)『ケアすることの意味』誠信書房などを参照。
15 医療分野におけるプリンシパル・エージェント理論については、真野俊樹(2006)『入門 医療経済学』中公新書、郡司篤晃(1998)『医療システム研究ノート』丸善プラネットなどを参照。
16 イギリスのGPに関してはGraham Easton(2016)"The Appointment"[葛西龍樹・栗木さつき訳(2017)『医者は患者をこう診ている』河出書房新社]、澤憲明(2012)「これからの日本の医療制度と家庭医療」『社会保険旬報』No.2489・2491・2494・2497・2500・2513などに詳しい。
17 2016年度の診療報酬改定で、かかりつけ薬剤師が創設された。一定の要件を満たした薬剤師が患者の同意を得て、薬歴管理や服薬指導、24時間で相談を受け付けられる体制整備などに取り組んだ場合、薬剤師や薬局が報酬上の加算を受けられる仕組み。
18 コミュニティ・ナースについては、矢田明子(2019)『コミュニティナース』木楽舎などを参照した。