筆者個人としては、社会保険料を主な財源とする社会保険方式の「負の側面」に目を向ける必要があると考えている。例えば、日本の社会保障制度については、正規雇用労働者と非正規雇用労働者、男性と女性の間で格差があり、インサイダーとアウトサイダーの分断が顕著という指摘
21がある通り、この一因として男性の正規雇用労働者を中心に想定した社会保険方式があることは否定できない。
実際、社会保険方式では給付が雇用と結び付いているため、グローバル化で雇用が影響を受けると、社会保障給付も悪影響を受けやすい
22ほか、事業主負担の増加が会社の国際競争力だけでなく、賃金や雇用に影響を与える可能性にも留意する必要がある
23。
こうした課題について、日本は社会保険の対象者拡大や無期雇用の拡大などで対応している
24が、社会保険方式の「負の側面」を修正するという観点では必ずしも表立った議論が見られない。しかし、同様に社会保険方式を採用しているドイツ、フランス、オランダ、韓国では、それぞれの判断と方法で大規模な制度改革に挑戦している。例えば、ドイツ
25では被保険者が加入する疾病金庫(日本の健保組合に相当)を選べる「規制競争」(Regulated Competition)を採用し、民間保険会社の参入も認めた。その際、疾病金庫の年齢、所得で保険料格差が生じないようにリスク構造調整を実施し、競争原理を部分的に採用することで、疾病金庫の効率化と合併再編を促した。さらに、疾病金庫同士による競争の結果、保険料が同一水準に収れんしたため、統一保険料を政府が設定し、それで賄えない場合、本人の保険料負担にすることで、事業主負担の抑制に努めている。
オランダ
26もドイツと同様の規制競争を導入するとともに、所得税と社会保険料の一体的な改革を進めている。フランス
27では社会保険料の本人負担をCSG(一般社会税)に転換させ、社会保険の網から漏れるニーズに対応しており、韓国
28は負担の公平化などを目指して、日本と同様に分立していた医療保険制度を国単位に一元化した。
以下、後期高齢者医療制度を創設する際に論点となった図1の4つの案をベースに、こうした海外の動向も踏まえて事業主負担や非正規雇用の問題を「補助線」に加味しつつ、制度改革の選択肢と利害得失を論じる。
21 田中拓道(2017)『福祉政治史』勁草書房を参照。
22 ここでは詳述しないが、女性の社会保障も論点となる。福祉国家の国際比較で有名なGosta Esping-Andersen(1999)"Social Foundations of Postindustrial Economies"[渡辺雅男・渡辺景子訳(2000)『ポスト工業経済の社会的基礎』桜井書店p85]では、「社会保険方式のように雇用ないし職歴に基礎を置いて資格付与を行うシステムでは、暗黙のうちに一家の稼ぎ手である男性が有利になる」と指摘している。
23 労働経済学の研究では必ずしも明確な結論に至っていないが、事業主負担が労働者の賃金あるいは雇用に帰着しているという研究結果がある。例えば、金明中(2008)「社会保険料の増加が企業の雇用に与える影響に関する分析」『日本労働研究雑誌』No.571。
24 2016年10月から(1)週20時間以上、(2)月収8.8万円以上(年収106万円以上)――などの要件を満たす人を対象に、被用者保険の適用範囲を拡大したほか、勤続5年を超えると無期雇用に転換する改正労働契約法に基づくルールが2018年4月からスタートした。
25 ドイツの事例については、松本勝明編著(2015)『医療制度改革』旬報社、同(2014)「メルケル政権下の医療制度改革」『海外社会保障研究』No.186などを参照。
26 オランダの事例については、島村玲雄(2017)「『オランダモデル』と財政改革」日本財政学会編『貧困を考える』有斐閣、佐藤主光(2009)「保険者機能と管理競争」尾形裕也・田近栄治編著『次世代医療制度改革』ミネルヴァ書房、大森正博(2006)「オランダにおける医療と介護の機能分担と連携」『海外社会保障研究』No.156などを参照。
27 フランスの事例については、柴田洋二郎(2017)「フランスの医療保険財源の租税化」『JRIレビュー』Vol.9 No.48、小西杏奈(2013)「一般社会税(CSG)の導入過程の考察」井手英策編著『危機と再建の比較財政史』ミネルヴァ書房などを参照
281 韓国の事例については、李蓮花(2011)『東アジアにおける後発近代化と社会政策』ミネルヴァ書房、健保連(2017)「韓国医療保険制度の現状に関する調査研究報告書」、同(2003)「韓国の医療保険改革についての研究報告書」などを参照。