米国では、ベビーブーマー世代(1946年~1964年生まれ)の退職が近づくにつれ、退職後の生活資金が枯渇する人が多く出るのではないかとの懸念が高まった。そうした状況下発足したオバマ政権は、生保業界が提供する個人年金に対し、当該問題の有力な解決策となり得る金融商品であると、一貫して好意的な見解を示してきた。
2010年1月、バイデン副大統領を議長に、中流労働者家庭の生活水準の向上に関する検討を行った「ミドルクラス・ワーキングファミリーズ・タスクフォース」は、「まとめの方向性」の中で以下のような個人年金への期待を示した。
『個人年金その他の保証された終身にわたる所得獲得手段の利用を促進する。それらは、貯蓄を将来にわたる保証された給付に転換し、退職者が長寿により資金不足に陥るリスクや投資による損失やインフレによって退職者の生活水準が悪化するリスクを縮減する。』
これを受け、翌月、労働省と財務省が『雇用主が提供する退職プランに加入している労働者に、退職後に終身個人年金その他のアレンジメントを利用することを通じて生涯の所得を確保させ、退職の安全性を強化するには、政府がどのようなステップをとるべきか』についてのパブリックコメ ントを募集した。寄せられたパブリックコメントは800件に及んだ。
7ヶ月後の2010年9月14日と15日には、労働省・財務省合同の公聴会が開催された。同公聴会において、米国生保協会は、『米国政府は、従業員に提供する退職プランの中で雇用主が個人年金を提供しやすくすべきである』という主張を行った。
2012年2月には、大統領経済諮問委員会が『米国の家庭の退職をサポートする』と題する報告書を公表し、年金プランの確定給付型から確定拠出型へのシフトが進む中、インフレや長寿により勤労者の退職貯蓄の費消が懸念されるので、これに対処するため終身年金の普及が必要であり、その普及を抑止する規制を緩和すべきであるとした。これに沿い同日付で、財務省と内国歳入庁が、確定拠出年金プランにおいて長寿年金を購入する上でのネックとなる税務取扱いを改正する政府提案を公表した。
2014年7月、この政府提案が2年半という期間を経て最終ルールとして確定した。10月には401(k)内での長寿年金投資の促進に役立つさらなるガイドラインが発出された(後述)。
このような約4年に及ぶ流れを経て、米国生保業界の、個人年金を退職後の所得保障問題に対応する主力商品にしたいとの野望は、長寿年金という具体的な商品を得て実現した。
長寿年金は、2000年代になって米国に登場した、超高齢期になってからの生活資金の確保を目的とする新しい終身個人年金である。退職時等(65歳等)に、退職貯蓄の一部から年金保険料を一時 払いで支払っておき、20年間等の長い待ち期間(据置期間)を経過した超高齢期(85歳等)に入っ てから、年金の支払いを受け始める。
年金の支払いは終身続く。年金の支払いまでの待ち期間を長く取ることにより、受取期間中に受ける年金額は相対的に大きなものとなる。そのため仮に、年金受取開始までの間に、退職時に保有していた他の資産を使い切ってしまっていたとしても、残る超高齢期の生活資金が確保される。
世帯主が若くして死亡した場合の遺族の経済的困窮を救おうとする死亡保障を典型的な保険(インシュアランス)であると見た場合、長寿年金は全く逆の、想定以上に長生きした場合の自らの経済的困窮を救おうとする保険である。こうした点に着目して、長寿年金をリバース・インシュアランス(逆保険)と呼ぶ人もいる。
個人年金全体の販売額に占める割合で見ればいまだ1.1%(2015年)にすぎない長寿年金は、トレンドの最先端部分と呼ぶべきものかもしれないが、長寿年金にかける米国生保業界の期待は大きいものがある。退職後の生活資金の枯渇問題への懸念の高まりを受け、長寿年金のコンセプトが消費者に受け入れられ始めているようにも見える。2014年に税制取扱い等が確定したことにより、普及に向けた制度面での環境も整った。
これまで弊社では、長寿年金の概要や税制改正案について何回かレポートを行ってきた
1。本稿では、税制取扱いの確定等、それ以降の長寿年金を巡る動きを報告する。