JR中央線西国分寺駅から徒歩9分のところに、「西国図書室」はある(国分寺市日吉町)。運営しているのは篠原靖弘(しのはら やすひろ)さん。夫婦で暮らす自宅の一室を日曜日だけの図書室として開放している。
建物はもともと洋服の仕立屋として利用されていたもので、今も入り口のガラス戸にはその時の店名がそのまま残されている。そこに小さく「西国図書室」と記された紙が貼ってある。開店している印だ。
入り口を入るとたたきの間があり、その奥が図書室で、「こんにちは」と言って扉を開けると、「いらっしゃい」と篠原さんが笑顔で迎えてくれる。先に訪れていた方々も、小さく「こんにちは」と挨拶してくれた。図書室には居心地のいい、心地よい空気が流れている。図書室は、概ね毎週日曜日の午後1時から5時頃までオープンしており、多い日は、10人程がここを訪れる。
まず興味を引かれたのは、自宅を開いて図書室にしていることだ。その理由を篠原さんに伺った。篠原さん夫婦は、ここに暮らす以前はシェアハウスに暮らしており、ワンルームマンションのひとり暮らしにはない共同生活の楽しさ、豊かさを経験した。シェアハウスを出てからの住まい方として、誰かが気軽に家を訪れるような暮らし方が自分たちらしいと考え、ふさわしい賃貸物件を探していたという。そこで出会ったのがこの物件だった。
店舗併用住宅なので、住みながら外に開く暮らし方に適していた。下見した際、自分達の本棚をここに置くイメージから図書室にするアイデアが膨らみ、契約して住み始める頃には図書室にしようと考えていたという。
自宅を図書室にしていることと共に興味深いのは、篠原さんが「本が旅する」と表現する、ユニークな貸し借りの方法だ。西国図書室では、利用者は、自分が図書室に預けた本と同じ数の本を借りることができる。つまり図書室には、篠原さん夫婦の本の他、ここを利用する人の本が置かれている。利用者は、図書室に自分の本を預ける際は、「本籍証」というカードにメッセージを記す。「本籍証」には、本の魅力、お薦めする理由など、預けた人のこの本への思いが綴られている。預ける期間、つまり本が旅する期間は1~3年の間で、預ける人が決められる。
本を借りるときは、本に添付してある「本籍証」に眼を通し、本を返却する際は、「旅の記録」というカードに感想などを記す。借りた人の数だけ「旅の記録」が積み重なっていく。「本籍証」に本への思いを記し、気になる本を手にとって「旅の記録」や「本籍証」から、本の内容や本の所有者、読者に思いを巡らすという、本の貸し借りを通じて、人とのつながりを意識することができる仕組みである。
年会費500円で会員登録し、1冊あたりの貸出料は100円
6だが、貸出料は国分寺エリアで流通する地域通貨「ぶんじ」で支払うことができる。筆者は話を伺った際に会員登録した。会員番号は204番。図書室をオープンしたのが2012年2月で、それから4年近くの間200人を超える人が、本を旅させたことになる。
「本が旅する」仕組みは、夫婦だけで考えたのではなく、友人や国分寺で知り合った仲間と一緒に考えた。はじめはそうした仲間のつながりから知られていき、しだいにメディアで取り上げられる機会が増えると、それまで接点のなかった、初めて図書室を訪れる人も多くなったという。
本の貸し借りの中で篠原さんとの会話が生まれ、訪れた人同士、本を通じたちょっとしたコミュニケーションが生じる。そうしたことがなくても、誰かが自分の本を読んでいるかもしれないと想像して、人とのつながりを意識する。自宅を開き、「本が旅する」仕組みによって、本の貸出だけを目的にした場所では成り立たない、ゆるやかなつながりを育む場所が成立している。
篠原さんは、「本を持ち寄って、本を通じて会話ができるのがいい。ここだから起こる会話がある。思いがけず面白い人と出会うことや、全然知らなかった話しを聞くことができる」と、図書室として開いていることの楽しさを話してくれた。
また、「しばらく来なかった近所の方が、久しぶりに来てくれると、実はこうでという話しをしてくれたり、ずうっと来たいと思っていたけどなかなか来られず、3年ぶりに来たという人がいたり、誰かにとって必要な場所になってきている」と感じ、それがうれしいと話す。
篠原さん夫婦の私的な思いで始めたことが、それに共感する人のゆるやかなつながりを生み、誰かにとってなくてはならない場所になりつつある。自分たちにとって必要だから始めたことが、他の人のためになる。西国図書室はそうした関係を育む場所になっているのである。