JR中央線国立駅北口から徒歩5分足らずのところに「国立本店」(国立市中)はある。本とまちをテーマにしたコミュニティスペースである。約15㎡のコミュニティスペースは、週5日概ね午後1時から6時まで開店しており、基本的に誰でも入店することができる。
運営するのは、「ほんとまち編集室」という35人からなるグループで、メンバーが一人ずつ概ね月1回必ず店番をする。コミュニティスペースの使い方は店番に委ねられており、中には、ワークショップや教室などを開催するメンバーもいる。ただし、好き勝手なことをしていいわけではなく、店番として、入店した人とのコミュニケーションが求められている。
コミュニティスペースには「ほんの団地」と呼ばれる本棚があり、希望するメンバーは40室ある本棚の一つに入居することができる他、一部、メンバー以外にも貸し出している。「ほんの団地」は、本を通じたコミュニケーションの場として備えてあるもので、定期的にテーマを決めて、入居者各自が、入店した人に見てもらいたい本を選定して並べている。新たな本との出会いを提供し、手に取った本を通じて、入店した人同士の交流が生まれることを期待しているのである。
年間登録料1,000円で「貸本」もできる。登録すると本の形態をしたノートが渡される。「ほんの団地」から借りた本と同じ場所に、そのノートを置き、本を返すときにはノートに感想などを記入して店番に預ける。ノートは貸本を通じたコミュニケーション手段となっている。
このように「国立本店」は、誰でも利用できる場所だけでなく、本とまちをテーマに人々がつながる仕組みを複数用意しているのだ。
家賃や光熱費など、「国立本店」の運営に掛かる経費は、基本的にメンバーの参加費で賄われており、参加費は一人月4,000円(学生は3,000円)である。この運営スタイルにしたのは2012年からで、毎年メンバーを新規に募集しており、現在は4期目だ。第4期メンバーの募集には28人の新規応募があったという。
つまり、月々数千円の参加費を支払ってまで、月1回店番を行おうとする人が30人近くもいるということである。しかも毎年同数程度の新規応募者がいるというのだ。
どのような人が応募するのだろうか、「ほんとまち編集室」代表の加藤健介(かとう けんすけ)さんに伺うと、基本的に本が好きだったり、まちに関心があったりする人だという。応募者の中から、国立本店の運営に興味を持ってくれ、積極的に活動できる人に参加してもらっているそうだ。
「ほんとまち編集室」の活動には、店番以外に、本の出版、フリーペーパーの発行などがある。メンバーは自分の興味・関心に応じて、これらの企画を提案し、企画に応じてメンバーから関心のある参加者を募る。
例えば、3ヶ月に1度発行する「国立本店フリーペーパー」は、毎号メンバーの話し合いでテーマを決めて、テーマに応じて編集長を選び、写真撮影者を決めて制作する。最新号のテーマは「肉」で、市内の肉を扱った飲食店や、肉に関係する本を紹介している。メンバーの中にライターや編集、デザイナーを仕事としている人がいることから本を制作できる環境が整っており、実際に出版した本やフリーペーパーの完成度は非常に高い。
このように「ほんとまち編集室」は、基本的に「本とまち」に少しでもかかわりがあることであれば、メンバーがしたいことを全面的に受け入れている。そして、様々な背景を持ったメンバーがかかわって企画を煮詰めていき、メンバーの専門的スキルでしっかりとしたアウトプットを作りだしている。
加藤さんは、このような編集室の状況を、「やりたいことがあったとき、やれる人がいればやる。動き始めたら、勝手に動き始める。メンバー個々の関わり方のレベル感はいろいろ」と説明してくれた。つまり「ほんとまち編集室」には、メンバー個々の興味・関心を受け止め、実行するゆるやかな関係があるのだ。そのような関係の中から、最近では社会的に意義のある活動にも取り組み始めた。
2015年には、医師で文筆家であった高田義一郎がかつて居住した住宅が取り壊されることになったのをきっかけに、旧高田邸と高田義一郎の魅力を多くの人に伝えようと、「旧高田邸プロジェクト」に取り組んだ
1。
1929年築の旧高田邸は、85年前の国立大学町の様子を伝える佇まいと、その手の込んだモダンな意匠で、取り壊すのが惜しまれる程の建築物であった。また、高田義一郎は、豊富な著作で知られていたが、国立との関係はこれまであまり紹介されてこなかった。プロジェクトでは、3月16日から25日までの10日間、旧高田邸を会場にして、著書や写真資料の展示、建物詳細調査結果の報告などのイベントを開催した。イベント期間中の来場者が3千人を超え、社会的影響力のあるプロジェクトとなったという。
8月には、クラウドファンディングで資金を集めて、旧高田邸の記録や高田義一郎の足跡をまとめた「旧高田邸と国立大学町85年の物語」という公式カタログ
2を出版した。短期間で取りまとめたにもかかわらず、その内容は非常に充実している。加藤さんは、このプロジェクトを実施したことで、「周囲から地域のために何かできる人達だと認められた気がする」と話してくれた。
この活動は、市内に唯一残る銭湯の改修工事をきっかけに、ペンキ絵の塗り替え資金をクラウドファンディングで調達し、ペンキ絵師によるライブペインティングを実現しようという現在進行中のプロジェクトにもつながっている。個人的な興味・関心から、面白いと思って始めたことでも、多くの人の共感を集め、社会的に意義があると認められる活動に発展する可能性があるということを証明しているのである。
加藤さんに、メンバーは何を求めて参加しているのかと質問したところ、加藤さん自身は、「日頃の仕事や生活とは別のベクトルで活動できて、普段の生活で接する人とは全く違う背景を持った人と関わりを持つのが面白い」と答えてくれた。おそらく他のメンバーも同じなのだろう。また、「普段は都心で働いているけど、そのスキルを地域で活かしたい。自分の仕事以外でここを使って面白いことをしたいと思っている人が参加していて、特にフリーで働いている人は、地域に何らかの関わりを持ちたい。地域とつながりたいという意思を持っている」と話してくれた。
国立本店は、地域に関心がある人、自分のスキルを生かして地域の人とつながろうとする人の受け皿となり、それによって、様々な背景を持つ人同士をつなげる場になっているのである。