このような一連のリスクは、近年では「CSIR(Corporate Social Irresponsibility:企業の社会的不責任)」として知られている。隠蔽、制度の悪用、環境負荷の軽視など、企業の行為が社会や環境に実害をもたらすことを意味しているが、サステナビリティの文脈では、たとえばパーパスとして環境保護を掲げながら実際には取引先への過度なコスト転嫁で地域産業を圧迫している、あるいはダイバーシティを標榜しつつ採用で固定的なバイアスを温存している、といったケースが考えられる。
多くの企業で導入が進められた「パーパス経営」とは、単なる「(理想の在り方の)宣言」ではない。
先行研究
9では、パーパス経営を「循環するシステム」ととらえ、(パーパスを)掲げる、(実践的に)動く、(結果を)検証する→修正するというサイクルを一体として設計すべきと指摘されている。
言わば、理想の語りと行動を切り離さず、「検証」と「修正」を組み込むことこそが要諦の1つであり、パーパス経営を持続させるには、それらをセットで設計する発想が欠かせない。
一方、理念と実態の不一致が露見した瞬間、これまでのパーパスやCSRの積み重ねが無力化されてしまうことになる。先行研究では、消費者は「CSRをしている企業が不正を起こした」と知ると、不正のない企業に対する評価よりも大きく強い失望(裏切り効果)を感じやすいとされる
10。
たとえば、環境への取り組みをうたいながら、同時にサプライチェーンで労働問題を抱えていれば、「言葉が先行している(矛盾)」と受け止められ、CSR全体への信頼を失いかねない。
言わば、信頼を決定づけるのは善行の数というより、むしろ矛盾の少なさである、とも言えるが、このネガティブは先行研究において「負のモデレーション効果
11」と言われている。
さらに、企業の不正や矛盾に気づいたとき、人々は感情的な怒りを「合理的な選択へと変換する傾向」があるとされる。すなわち、これは不買(買わない/ボイコット)、スイッチ(競合へ乗り換える)、SNSでの共有・注意喚起(社会的制裁)などの行動を指すが、これらは単なる怒りの発露ではなく、市場を通じた消費者による倫理的意思表示であるということを意味している。
言わば、感情的な不買というよりも、むしろ意図された制裁といえるが、これは先に挙げたニッセイ基礎研究所の「ボイコットは衝動的な行為ではなく、合理的な消費行動である」という分析結果(数表2)とも整合的である。
一般論として企業が持続可能性など社会善への貢献を語るほど、その言葉は社会的契約としての重みを増す。その責任とは、言葉を裏づける証拠を示す責任であり、それを怠れば、善意の発信さえも矛盾と受け取られかねない、CSIRはそのような一連のリスクの一端を示しているとも言える。
9 George, G., Haas, M. R., McGahan, A. M., Schillebeeckx, S. J. D., & Tracey, P. (2021). Journal of Management, 49(6), 1841–1869.
パーパスを「語る(framing)」「制度化する(formalizing)」「実現する(realizing)」の三段階で捉え、語る→動く→検証→修正のフィードバック・ループとして設計すべきと論じている。
10 Swaen, V., Demoulin, N., & Pauwels-Delassus, V. (2021). Impact of customers’ perceptions regarding CSR and CSiR in the grocery retailing industry: The role of corporate reputation. Journal of Business Research.
CSR・CSIR・評判・信頼・購買意図の関係を分析し、CSRが高い企業でもCSIRが存在すると、評判・信頼効果が顕著に低下することを実証している。また、評判が高い企業ほどCSIRへの耐性があり、評判が低い企業では不祥事が即座に顧客離れにつながる、また、CSRとCSIRが共存する場合、消費者はCSRを「免罪符」として受け取らず、むしろ矛盾と見なすことを合わせて実証しており、CSRを外向きの広報ではなく、組織文化・業務慣行・従業員行動と一体化させる必要性を主張している。
11 Iborra, M., & Riera, M. (2023). Corporate social irresponsibility: What we know and what we need to know. Corporate Social Responsibility and Environmental Management.
CSIRが生まれる構造的原因をマルチレベル(個人レベル:「目的のためには手段を問わない」意識が温床となる、組織レベル:「報告しない文化」「見て見ぬふり文化」が不正を制度化する、制度レベル:規制の弱さ・監視の不均衡)にあるとしている。CSIRが発覚した際、ステークホルダーの信頼喪失はCSR活動の有無に関係なく起こり、特にCSR活動を積極的に行っていた企業ほど、「裏切られた」という感情が強く働き、CSRの正の効果を完全に上書きしてしまうという「負のモデレーション効果(negative moderation effect)」が生じるため、「やってしまうリスク」に繋がる組織の矛盾をどう減らすかが重要と主張している。
6――欧州の潮流