本件の概要は以下のようなものである。株式会社マンダム(以下、「マンダム」)には、いわゆる経営者による企業買収(Management Buyout、以下「MBO」)が2025年9月26日(以下、年はすべて2025年)から実施されている。一方、MBOの実施に前後して、シティインデックスイレブンスおよび野村絢氏ら(以下、「シティ等」)が9月24日付および10月15日付の大量保有報告書・変更報告書を提出し、マンダム株を買い集めていたことが明らかになったマンダムは、MBOの買付価格が現在の市場価格を下回るためMBOの成立可能性は低いと判断し、シティ等の株式買い集めが一定の要件を満たす場合において、情報開示等を求める「本対応方針」を策定することとした。
以下、各項目を分けて解説する。
まず、マンダムのMBOについては、主に未公開株式への投資を行う投資会社であるCVC Capital Partners plcの傘下で、本MBOの実施目的で設立されたカロンホールディングス株式会社(以下、「カロン」、公開買付者)が行う
1。カロンは株式を市場外で大規模に買い付ける公開買付けの手段により、マンダムの約3分の2に該当する株式を取得する。その後、株式併合により残存する一般株主を端株主とし、その端株を一括売却することで金銭を交付すること(スクイーズアウトという)により、カロンと、いずれもマンダム創業者の関係団体である財団とM・Nホールディングスのみが株式を保有する形にする。さらにその後、吸収合併や株式交換等の手続きを経て、カロンの親会社にあたるLumina Internationalと財団、M・Nホールディングス、現会長、現社長のみが株主となる非上場の会社となる予定であった。
ここで問題となるのが、買付価格である。本MBOの買付価格は1960円と設定されている。この価格自体は公開買付者であるカロンと現会長・現社長が、マンダム(会長と社長は意思決定に関与していない)に対して8回の提案を行った結果、合意に至ったものである。この価格はたとえば過去6か月終値平均(1375円)に対して42.55%のプレミアムを付したものである。そして価格決定にあたっては、マンダムは独立アドバイザーとしての大和証券に算定を依頼し、その結果は市場株価法
2では1378円~1503円、DCF法
3では1649円~2454円というものであった
4。したがって1960円という買付価格は設定にあたって不当に安いとはいえないが、直近の市場株価は2400円前後となっている。このため株主は市場で売却する方が公開買付けに応募するより有利であり、買付価格の引き上げがなければ、MBOが成立しにくい価格水準となっている。ただし、カロンの資金調達手段は親会社からの出資270億円のほか、銀行借り入れが530億円とのことであり
5、買付価格引き上げは安易に行えない。
次に、シティ等の買い集めである。マンダムの「お知らせ」
6によれば、9月16日時点で株券等保有割合にして6.67%(議決権比率7.14%
7)、10月6日時点で株券等保有割合にして17.63%(議決権比率18.87%)であったとのことである。また直近のシティ等が提出した変更報告書
8では10月28日付の株券等保有割合が18.77%であり、また大量保有の理由としては「投資及び状況に応じて経営陣への助言、重要提案行為等を行うこと」と記載されている。つまり、純投資目的ではなく、経営への提言等を目指した買い集めであると考えられる。この変更報告書を見ると、市場外で2295円の価格で買付けた取引が掲載されている。また過去1か月のマンダムの株価を見ても2300円程度であったことから、1960円で買い付けるMBOに応ずるとは考えにくい買い集めといえる。
これらを受け、マンダムはMBOの「成立可能性が相応に低下している」と認め、「本対応方針」を導入することとした
9。これは、i)企業価値および株主共同の利益に資する実現可能性のある買収提案を確保し、ii)大規模買付行為の是非について株主が判断するために必要な情報と時間を確保するために行われるものである。したがっていわゆる買収防衛策とは異なると説明されている
10。
具体的には、特定の株主グループの議決権割合を20%以上とすることを目的とするマンダム株の取得行為(大規模買付行為等という)をしようとする者
11(大規模買付者という)は、所定の手続きに従わなければならないとする。この手続きに従わない場合は差別的な新株予約権を割り当てることで、大規模買付者の議決権割合を希釈化することとしている。
大規模買付者が従うべき手続きとしては、(1)大規模買付者は大規模買付行為等を行う60営業日前までに、マンダムの取締役会に趣旨説明書を提出する。(2)大規模買付者は上記(1)から5営業日以内に株主が判断するにあたって必要と考えられる情報であって「本対応方針」別紙に記載するものを提供する。(3)大規模買付者は(1)から60営業日以内は大規模買付行為等を行わないというものである。
これに従わない場合、マンダムは「株主意思確認総会」を開催し、出席株主の過半数の賛成が得られた場合において、大規模買付者が大規模買付行為等を実施または継続するときには「本対抗措置」をとることができるとしている。概要は以下の通りである
12。
a)全株主に対して新株予約権を無償で交付する。
b)非適格者(大規模買付者等を指す)以外の株主の保有する新株予約権に対して、マンダムは自社の普通株式を対価として交付する。仮に1新株予約権あたり1普通株式が対価とされると適格者株主の保有する株式数は倍になる。
c)非適格者である株主の保有する新株予約権に対して、マンダムは第2新株予約権を対価として交付する。第2新株予約権は非適格者が大規模買付行為等を行わないとした場合に、その保有する議決権割合が20%を下回る範囲でのみ権利行使が可能とされている。
仮に「本対抗措置」がシティ等に対して行われた場合には、シティ等の議決権割合が現状の半分程度まで希釈化されることとなる。
このような差別的行使・取得条件の付いた新株予約権の割り当てが認められるかどうかについては、研究員の眼「
同意なき買収への対応策-ニデックによる牧野フライス買収提案」で検討した。これに沿って考慮される要素としては、ア)買収を認めないとすることを企図したものではなく、シティ等の被る不利益は単に時期を60営業日、後ろ倒しにすることにすぎないこと、イ)期間を延ばせば株主に合理的判断を行う期間が確保されるというメリットがあること、ウ)より好条件の競合する買収提案が期待できることが挙げられる(東京地決2025年5月7日参照)。
ウ)について、カロン以外の第三者からの買収提案を得ることを目的とした手続きを行うことをマンダムは明言している
13。なお、イ)に関し、牧野フライスでは30日という期間を設定していたが、マンダムでは60営業日としている。若干長いとも思われるが、金融商品取引法上、公開買付けの買付期間が上限60営業日(金融商品取引法27条の6第1項4号、令13条2項2号)であり、この期間は一般に株主の地位に不安定さを与えるような長いものであるとはいえないと考えられており
14、不利益が勝るとまでは言えないと思われる。したがって、牧野フライスの基準に照らして、株主総会決議を経た「本対抗措置」の実施は認められるものと考えられる。
日経新聞(11月5日朝刊17面)の記事によると、シティ等は11月4日現在ですでにマンダム株を21%保有しているとし、遺憾の意を示しつつも「本対抗措置」の定めた手続きには従う意向を示している。
ところでマンダムが株主に対して、MBOに応募することを「推奨する」から「中立」へと変更したため公開買付届出書の訂正が生じた。これに伴い、MBO期限が当初の11月5日から11月19日へと10営業日延長となった。マンダムの取締役会が株主への意見を変更したことや、現在の株価水準を踏まえるとMBO成立の可能性は低い。他方、導入される「本対抗措置」はいわゆるシティ等に対する「買収防衛策」ではないため、所定の手続きに従えば企業買収も可能である。ただ、シティ等の目的が企業買収を視野に入れたものなのかは判然としない。また別途、シティ等が公開買付けを行うのではなく、市場内で株式を少しずつ買い足す行為が「大規模買付行為等」といえるかどうか
15などをはじめとして、さまざまな議論もありえるところだと思われる。いずれにせよMBOの期限である11月19日で結論が出るわけではなく、今後の動向を引き続き注視する必要がある。