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子どもにもっと「芸術の秋」を~より多くの子どもに機会を提供するには、企業による貢献も欠かせない。ニッセイ名作シリーズは今年で62年~

2025年11月05日

(鈴木 寧) 芸術文化

1――はじめに

10月に入り、ようやく暑く長かった夏の日に別れを告げ、冬が訪れる前の短くなった秋を感じる季節となった。秋といえば、「食欲の秋」、「読書の秋」「スポーツの秋」など、様々な嗜好が季節と合わせて連想されるが、「芸術の秋」もその一つだろう。「芸術の秋」といわれる所以は、11月3日が文化の日であるだけでなく、秋は日照時間が適度で、屋内・屋外問わずに活動しやすくなり、創作活動や鑑賞活動に向いていることも、その理由のひとつと言われる。そして、この時期は、子ども達の学校の多くで文化祭も開催されている。

芸術鑑賞は、子ども達の情操教育の視点からも重要とされているが、一方で家庭の経済格差を原因とした「機会格差」「経験格差」なども昨今では課題としてとりあげられている。

今回は、文化庁等の各種調査等から、子どもの芸術体験の実態を紹介するとともに、企業による貢献についても紹介したい。

2――子どもの芸術鑑賞体験について

2――子どもの芸術鑑賞体験について

1|子どもの芸術鑑賞の現状
文化庁では、「文化に関する世論調査報告書」1において、子どもの文化芸術の鑑賞機会についてのアンケート調査を行っている。そのなかで、高校生以下の同居している子どもが、1年間のなかで劇場やコンサートホール、美術館、映画館などに外出して文化芸術を観賞する機会がどれ位あったのかについて質問している。この調査結果によると、「鑑賞したことがある」との回答は全体では42.0%となり、小学生および中学生では約半数が外出を伴う形で芸術鑑賞をしていると回答している(図表1)。
観賞経験があると回答したなかで、回答割合が高かったのは、「アニメーションを除く映画」(全体で14.2%)、「アニメーション」(同13.0%)、「自然史博物館など」(同10.1%)の順となっており、これらはいずれの年代でも回答割合が上位を占めている。
この調査結果を、世帯年収別で分類すると、世帯年収が増加するにつれて鑑賞経験があると回答した割合は増える傾向を示している(図表2-1)。世帯年収300万円未満では「観賞経験がある」と回答したのが31.9%であるのに対し、世帯年収1,000万円以上~1,500万円未満の世帯では51.6%と約1.6倍となっている。世帯年収1,500万円以上の世帯については、アンケート回答母数が少ないので必ずしも現状を正確に反映しているとは断定できないが、概ね世帯年収が高くなるにつれて、より高い数値を示す傾向にあることは推測できる。
更に、「観賞経験がある」(複数回答)と回答した各経験項目を単純に積算した「複数鑑賞項目の合計」をみると、世帯年収300万円未満が72.5%であるのに対し、世帯年収1,000万円以上~1,500万円未満では149.6%となり、その差は約2倍以上に拡大しており、経験数の差はいっそう明らかになる。

各世帯年収区分において、体験している内容で割合の高いものは「映画(アニメ除く)」「アニメーション」「自然史博物館など」と概ね変わらないが、例えば「映画(アニメ除く)」の鑑賞経験は世帯年収300万円では9.7%であるのに対して、世帯年収1,000万円~1,500万円では19.1%であり、各経験項目での割合は300万円未満の世帯と1,000万円以上の世帯では2倍以上の差があることがわかる(図表2-2)。尚、回答者数が少ないので参考数値とはなるが、世帯年収2,000万円以上では、3位に「ミュージカル」「バレエ、モダンダンスなど」(いずれも16.4%)が入っているが、これは世帯年収300万円以下(各1.4%、0.5%)を大きく上回っており、高額な入場料が必要とされる観劇などは、世帯における経済格差がより反映されやすい可能性が推測される。
 
1 文化庁「文化に関する世論調査報告書」(令和7年3月)
https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/pdf/94238501_01.pdf
2|子どもの文化芸術活動を通して得られる効果とは
それでは、文化芸術活動が子どもの教育にとって、どのような効果をもたらすのだろうか。

文化庁2では、全国の小・中学校(2,737校)における文化芸術活動の鑑賞・体験の実態について調査を行っており、そのなかで文化芸術活動(文化芸術鑑賞・体験事業及び芸術教科の授業)を通して得られる効果について尋ねている。
先ず、文化芸術への関心に関する効果について尋ねたところ、「文化芸術への親しみが醸成される」(87.1%)との回答が最も多く、続いて「より豊かな創造性や感性が生まれる」(82.5%)、「芸術科目への理解が深まる」(61.0%)、「日本の文化を知り、国や地域に対する愛着を持つようになる」(32.3%)の結果だった。

また、文化芸術活動を通して得られる効果として、非認知能力やwell-being、QOLに関する効果について尋ねたところ、「幸福感、生活満足度が向上する」(68.3%)との回答が最も多く、続いて「生活の質、心身の健康が向上する」(43.2%)、「コミュニケーション能力が高まる」(40.5%)の結果だった(図表3)。

ここで「非認知能力」という言葉について触れておこう。「非認知能力」とは、OECDレポート(2015年)では社会情動的スキル3と言い表されるが、「認知能力」が学力に代表される知識・技能、思考力など数値化しやすい知的な力を指すのに対し、「非認知能力」はそれ以外の意欲や社会性等の数値化しづらい個人の性格や行動特性を指すとしている。文部科学省では、非認知能力を主に意欲・意志・情動・社会性に関わる3つの要素から成ると定義している4。具体的には、(1)自分の目標を目指して粘り強く取り組む力、(2)そのためにやり方を調整し工夫する力、そして(3)友達と同じ目標に向けて協力し合う力である、としている。そして、これら認知能力と非認知能力は相互に関連して支え合って成長し、とりわけ非認知能力は幼児期(満4歳から5歳)に顕著に発達するとされている。

つまり、非認知能力とは、忍耐力、向上心、他者との協調、共感性といった心の力であり、子どもが成長して社会でより良く生活していくための必須の力といえる。

子どもの非認知能力を向上させるための研究は、現在も幼児教育を中心としていろいろと取り組まれているが、芸術鑑賞などの「文化的体験」だけでなく、「自然体験」やボランティアなどの「社会体験」など、幅広い体験をすることが非認知能力の向上に良い影響を与える、という報告結果もある5

ただ、子どもたちに等しく、多くの経験をさせることには学校側でも予算上の制約もあり、難しい。そこで、企業による芸術文化支援(いわゆるメセナ活動)による貢献が期待される。
 
2 文化庁「令和6年度 学校における文化芸術鑑賞・体験推進事業に関する調査研究」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/geijutsubunka/shinshin/kodomo/ikuseijigyo_kensho/
3 ベネッセ教育総合研究所「家庭、学校、地域社会における社会情動的スキルの育成」では、社会情動的スキルを「(a)一貫した思考・感情・行動のパターンに発現し、(b)学校教育またはインフォーマルな学習によって発達させることができ、(c)個人の一生を通じて社会・経済的成果に重要な影響を与えるような個人の能力」と定義している。
 https://www.mext.go.jp/content/20220715-mxt_soseisk02-000023326_1.pdf
4 文部科学省 中央教育審議会 初等中等教育分科会 幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会(第3回)(令和3年9月1日) 
https://www.mext.go.jp/content/20210901-mxt_youji-000017746_2.pdf
5 文部科学省「21世紀出生児縦断調査(平成13年出生児)特別報告(令和5年3月24日)
https://www.mext.go.jp/content/20230316-mxt_chousa01-000028304_01.pdf

3――企業の取組み

3――企業の取組み~ニッセイ名作シリーズは累計800万人を超える小学生を招待

日本生命は、公益財団法人ニッセイ文化振興財団を通じて、本格的な舞台芸術に全国の小学生を無償で招待する「ニッセイ名作シリーズ」を展開してきている。これは、1964年から50年間にわたって小学生6年生をミュージカルに招待してきた「ニッセイ名作劇場」を前身とし、2014年からは上演するジャンルを物語付きクラシックコンサートや人形劇などに拡大しており、今年度で累計招待者数は約812万名を超えた。

同公演については、日本生命のサステナビリティ経営の目指す『誰もが、ずっと、安心して暮らせる社会』の実現に向けた一環として、子どもたちの「豊かな情操」や「多様な価値観」を育む取組みとして行われている。

学校イベントでの芸術鑑賞は、家庭環境に関係なく、等しく全ての子どもたちが日常の授業では経験できない非日常体験をクラスメートと共有できる貴重な機会である。そして、そこで感じた感動は子どもたちそれぞれの心の中で育まれ、その後の人格形成においてもポジティブな影響を及ぼすことは間違いない。

4――さいごに

4――さいごに

本稿では、文化庁等の各種調査等から、子どもの芸術体験の実態を紹介するとともに、企業による貢献事例について紹介した。

文化庁の調査からは、1年間のなかで劇場やコンサートホールなどに外出して文化芸術を観賞する機会について質問したところ、約半数の子どもが何らかの芸術を鑑賞する機会があったと回答した。一方で、これらの機会には、世帯の収入による格差が発生しており、子どもの健全な育成にはこれら機会格差を解消していく必要があることがわかった。

多くの企業は、少子高齢化による人手不足への対応、企業価値の持続的な向上への要請等を背景に、人的資本経営に取り組んでおり、リスキリング等を通じて、従業員の専門性を高める等して生産性を高めることに注力している。更に、これからの社会では、今まで以上に外国人、LGBTQ,など多様な人の価値観を尊重しながら共生をしていくことも必要となる。

これらの環境変化に柔軟に対応し、豊かな心をもって社会で活躍していく人材を育てていくためにも、先ずは子どもたちが芸術鑑賞を含めた多くの経験機会を得られるよう、社会全体で取り組んでいく必要があるだろう。それには、政府だけではなく、企業にも、より広い視点からの「人づくり」に貢献していくことを期待したい。

社会研究部   取締役 部長

鈴木 寧(すずき やすし)

研究領域:暮らし

研究・専門分野
社会研究部統括

経歴

【職歴】
1988年 日本生命保険に入社
日本生命にて国際保険部、米国日本生命(ニューヨーク支店、ロサンゼルス支店)、官公庁、外資系企業等の法人営業部門等を経て、2020年ニッセイ基礎研究所入社。
2024年4月より現職

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