年齢別賃金について詳しく見ると、40歳代半ばまでは今回の方が前回を上回っていたが、50歳前後では前回の方が高く、その後は年齢層によって前回・今回が交錯する形となった。結果として、50歳代全体では今回の方が+394万円多くなっている(図表13)。
さらに、前々回の推計(「平成27年賃金構造基本統計調査」および退職金は厚生労働省「平成25年就労条件総合調査」)と比較しても、40歳代から50歳代前半にかけて年齢別賃金が減少している。これは、女性の賃金が単純に下がったのではなく、働く女性の増加によって労働力の質が変化し、年収分布が広がった影響と考えられる。例えば、2015年の統計を基にした推計における55歳の女性は、1990年頃に大学を卒業し、定年まで働き続けた層である。当時、女性の大学進学率は12.5%にとどまり(現在は56.2%)、1986年に男女雇用機会均等法が制定されて間もなく採用された、いわゆる「均等法第一世代」にあたる。総合職として入社したものの、結婚や出産、子育てを理由に退職する女性が多い中で、働き続けた層は非常に限定的であり、高収入層に属していたと見られる。
年齢別賃金の推計値を見ると、若い年代では今回が、年齢が上がるにつれて過去の推計が上回る傾向は、標準労働者の賃金を用いて育休を取得したケース(A-A、T1、T2)でも同様である。ただし、育休による休業期間の影響で、過去と比べて賃金の差が大きく開く年代(50歳代後半の一部)は含まれない一方で、20・30歳代では賃金の増加効果が比較的大きく表れるため、全年齢を合計すると、今回の推計値は過去の推計値をやや上回る結果となっている。
さて、図表12の大学卒女性が60歳で退職した場合の働き方ケース別推計に戻ると、2人の子を出産し、それぞれ産前産後休業制度と育児休業制度を合計1年間(2人分で合計2年間)利用し、フルタイムで復職した場合(A-A)の生涯賃金は2億3,988万円となる。復職時に時間短縮勤務制度を利用し、子が3歳まで時短勤務を利用した場合(A-T1)は2億3,067万円、小学校入学前まで利用した場合(A-T2)は2億2,301万円となる。
つまり、2人の子を出産し、それぞれ産休・育休を1年取得し、復職後に時短勤務を利用したとしても、生涯賃金は2億円を優に超える。もっとも、本稿の推計では、育休からの復職後にすみやかに休業前の状態へ戻ることを前提としているが、実際には仕事と家庭の両立負担は大きい。職場と家庭双方で両立支援の環境が十分に整っていなければ、休職前と同様の働き方を続けることは容易ではない。
また、人事評価上の問題(休職期間が昇進や昇給で不利に働く可能性など)や、周囲・本人の意識の問題(本人の希望によらず負担の少ない業務を割り当てられる、あるいは家庭とのバランスを重視するように意識が変化するなど)も指摘できる。
一方で、冒頭に示した通り、女性の職業生活に関わる環境は着実に改善している。すみやかな復職を希望する場合には、それを実現しやすい環境が拡大していることを、今後とも期待したい。
第1子出産後に退職し、第2子就学時にフルタイムの非正規雇用者として再就職した場合(A-R-B)の生涯賃金は1億474万円となる(A-T2より△1億1,827万円、▲53.0%)。また、かつてМ字カーブ問題として指摘されていたように、出産を機に退職し、子育てが一段落してからパートで再就職した場合(第1子出産後に退職し、第2子就学時にパートで再就職:A-R-P)は7,071万円(同△1億5,230万円、同▲68.3%)にとどまる。
出産前後で退職せずに就業継続したケース(A-A、A-T1、A-T2)と、退職後にパートで再就職したケース(A-R-P)を比べると、生涯賃金には1億5千万円から7千万円程度の差が生じる。この金額差は、女性本人の収入としても、世帯収入としても極めて大きい。もちろん、配偶者の収入や資産の有無・相続状況によって家計の余裕度は異なるが、この差は住居や自家用車の購入、子どもの教育費など、高額な支出を伴う消費行動に少なからず影響を与える。結果として、こうした働き方の違いは、個人の家計を超えて、国内の個人消費全体にも波及する。