NEW

大学卒女性の働き方別生涯賃金の推計(令和6年調査より)-正社員で2人出産・育休・時短で2億円超

2025年10月27日

(久我 尚子) ライフデザイン

1――はじめに~女性登用の現状と数値目標の到達度

政府は2025年をめどに東証プライム上場企業の女性役員比率を19.0%とする目標を掲げている。これは2030年に30%という目標へ向けた中間目標であり、同時に「女性役員を1名以上選任する」ことも目標として設定されている。新聞社の集計によれば、2025年9月時点のプライム市場上場企業の女性役員比率は18.4%に達し1、目標値をわずかに下回っているものの過去最高の水準となった。

一方で、管理職比率に目を向けると、いずれの階級でも上昇傾向にあるものの、女性の登用は依然として限定的である(図表1)。2024年には民間企業の係長級で約25%に達したが、部長級では約1割にとどまり、男性との差は依然として大きい。より上位の意思決定層におけるジェンダー・バランスの課題は、なお大きく残されている。

2025年は、女性の活躍推進において「数値目標の到達度」と「実態」とを重ね合わせて考えるべき節目の年と言える。確かに、役員や管理職の数値目標、制度整備の面では一定の前進があるものの、一方で働き方の違いや昇進機会の格差は依然として存在し、このことが男女の賃金格差(図表2)や生涯賃金の差にもつながっている。

こうした状況のなか、本稿では、最新の統計に基づき大学卒女性(2024年の大学進学率56.2%:文部科学省「学校基本調査」)について、雇用形態や育児休業制度・時間短縮勤務制度の利用状況の違いを考慮しながら生涯賃金を推計する。

働き方の選択がもたらす経済的な帰結を明らかにすることは、女性一人ひとりのキャリア形成だけでなく、企業の人材戦略や社会全体の持続的な成長にも関わる重要な示唆を与えると考える。
 
1 「東証プライム企業の女性役員比率18.4% ゼロ企業も依然17社」日本経済新聞社(2025/9/11)

2――近年の女性の就労状況

2――近年の女性の就労状況~M字カーブ解消と就業継続の広がり

1|雇用形態の状況~若年層ほど正規雇用率が上昇、高年齢層の就業も活発化
生涯賃金推計の前提として、近年の女性の就労状況を確認する。かつて「М字カーブ」問題として指摘されてきたのは、出産や育児を理由に一旦離職し、再びパートなどの非正規雇用で働く女性が多いという状況であった。

女性の労働力率を年代別に見ると、М字カーブは解消傾向にあり、全体的にも労働力率は上昇している(図表3)。未既婚別に見ると、以前から未婚女性では全体的に労働力率が高かったが、近年では高年齢層でも上昇している。また、既婚女性では30代を中心に労働力率が大幅に上昇している。なお、これらの変化とともに男性の育休取得率も上昇傾向にある(図表4)。
一方で、女性では年齢とともに非正規雇用者の割合は高まり、雇用者における非正規雇用者の割合は過半数を占める(図表5)。35~44歳までは正規雇用者が非正規雇用者を上回るものの、45~54歳では逆転し、非正規雇用者の割合が半数を超えてさらに増加していく。

しかし、推移を見ると状況は着実に変化している。2013年頃から65歳以下では、若いほど非正規雇用者の割合が低下しており、2024年では2014年と比べて、15~24歳(在学中除く)や25~34歳で約1割低下している(図表6)。一方、65歳以上では非正規雇用者の割合が約1割上昇しているが、これは正規雇用者数が約3割増加した(2014年33万人→2024年43万人)一方で、非正規雇用者数が2倍以上に増加したためである(同102万人→同217万人)。つまり、「女性の活躍」が掲げられて以降、若年層を中心に正規雇用で働く女性が増加するとともに、高年齢層の就業も活発化している。
2|結婚・出産前後の就業継続状況~就業継続率は上昇、第1子出産後7割・正規で8割超
М字カーブが解消傾向にある背景には、結婚や出産前後の妻の就業継続率の上昇がある(図表7)。子の出生年が2010~2014年と2015~2019年を比べると、第1子出産前後の妻の就業率は57.7%から69.5%(+11.8%pt)へ、育休を利用して就業を継続した割合は43.0%から55.1%(+12.1%pt)へ上昇している。就業継続者の中で育休を利用した割合も74.5%から79.3%(+4.8%pt)へと高まっている。

さらに、第2子出産前後の就業継続率は87.1%で(第1子出産前後比+17.6%pt)、第3子出産前後では89.5%(同+20.0%pt)に達しており、第1子出産前後に大きな壁が存在する様子がわかる。

就業状況別に見ると、もともと自営業主・家族従業者・内職では就業継続率が高く(出生年が2015~2019年の第1子出産前後で91.3%)、近年は正規の職員(同83.4%)やパート・派遣(同40.3%)といった雇用者でも上昇が見られる。正規職員の就業継続率は一貫して上昇を続けており、かつて2割程度にとどまっていたパート・派遣の継続率も、現在では約4割へと2倍に上昇している。

この背景には、近年の「女性の活躍推進」に伴う政府や関連機関の啓発活動により、非正規雇用者も育児休業制度の対象であるとの認識が広がったこと、さらに「改正育児・介護休業法」による非正規雇用者の育児休業取得要件の緩和が影響していると考える。

3――大学卒女性の生涯賃金の推計方法

3――大学卒女性の生涯賃金の推計方法

1|設定した女性の働き方ケース
大学卒女性の生涯賃金について、正規雇用者・非正規雇用者別に、働き続けた場合や出産・子育てで離職をした場合など、11の働き方ケースを設定して推計する(図表8・9)。
2|生涯賃金の推計条件
生涯賃金の推計方法は以下のとおりとする。
 
・生涯賃金2=年齢別賃金の合計(※1または2)+退職金(正規雇用者のみ)

※1 正規雇用者及び非正規雇用者の場合
年齢別賃金=きまって支給する現金給与額3×12ヶ月+年間賞与その他特別給与額

※2 パートタイムの場合
年齢別賃金=(実労働日数×1日当たり所定内実労働時間数×1時間当たり所定内給与額)
×12ヶ月+年間賞与その他特別給与額
 
生涯賃金の推計は、厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」における「きまって支給する現金給与額」および「年間賞与その他特別給与額」を用い、各年齢の賃金を推計して合算した4

大学卒業後、フルタイムの正規雇用者として働き続ける労働者として、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」における「標準労働者(学校卒業後直ちに企業に就職し、同一企業に継続勤務しているとみなされる労働者)」を用いる。その理由は、他ケースとの比較を行う際に、正規雇用者比率が高く、育児休業制度や短時間勤務制度などの利用が進んでいる層と考えられるためである。

なお、「標準労働者」の公表値には「所定内給与額」は存在するものの、「きまって支給する現金給与額」は示されていない。そのため、同条件における一般労働者の両者の比率をもとに、「標準労働者」の「きまって支給する現金給与額」を推計した。
 
2 退職金は必ずしも賃金に当たらないが(就業規則や労働契約等に、退職金の支給条件が定められている場合は賃金に相当)、本稿では便宜上、賃金に含まれる形で生涯賃金を推計している。
3 労働契約等により予め定められている支給条件により支給された6月分現金給与額(基本給、各種手当等含む)。ここから超過労働給与額を差し引いたものが「所定内給与額」。
4 本稿の推計は、独立行政法人労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計2024」における生涯賃金推計を参考に、現時点の各年齢の賃金を積み上げて算出している。長期にわたる就業期間では物価や賃金水準の変化が想定されるが、本稿では賃金水準を現在のものに合わせるという前提に立つ。なお、この方法とは別に、物価水準などを調整して生涯賃金を推計する方法もある。こちらは賃金の世代間格差を把握するには適しているが、今年新卒で働き始めた者が、生涯どの程度の賃金を得るかという視点から見るには必ずしも適当ではない。
・育児休業利用時の取扱い
育児休業中は、休業前の賃金水準に基づき「育児休業給付金」が支給されるものとする。復職後は休業前と同水準の賃金に戻るが、復帰初年度のみ「年間賞与その他特別給与額」を半額とする。
 
・短時間勤務制度利用時の取扱い
短時間勤務期間中は残業を行わないため、超過労働給与額を含む「きまって支給する現金給与額」ではなく、「所定内給与額」を用いて年収を推計する。賃金水準は労働時間数比率(6時間/8時間=75%)を乗じた値とし、短時間勤務期間の経過年数は実年数の75%として扱う(例:短時間勤務を8年間利用した場合、フルタイム勤務6年分に相当)。フルタイム復帰後は、その経過年数に相当するケースAの年齢別賃金に接続する。

・55歳以降の取扱い(正規雇用者)
正規雇用者の55歳以降の賃金は、ケースによらず同水準とする。標準労働者では55歳を境に「所定内給与額」が大きく減少するが、ケースごとの違いを反映するにはさらに様々な仮定が必要となるため、今回は設定していない。

また、60歳~64歳については、再雇用として雇用形態が変わる場合が多いことを想定し、雇用期間の定めのある非正規雇用者の年齢階級別賃金を用いる。

近年は「高年齢者雇用安定法」の改正により、定年年齢の引き上げや継続雇用の拡充が進んでいる。厚生労働省「令和6年高年齢者雇用状況等報告5」によると、60歳定年とする企業が64.4%と最も多く、次いで65歳定年が25.2%どなっている(図表10)。さらに、60歳定年の企業における定年到達者のその後の状況を見ると、継続雇用が約9割を占めており、圧倒的に多い(図表11)。
 
5 集計対象は、全国の常時雇用する労働者が21人以上の企業237,052社。うち大企業(301人以上)17,060社、中小企業(21~300人)219,992 社。
・非正規雇用者の取扱い
非正規雇用者の賃金は、「正社員・正職員以外」の値を用いる。育休から復職時の賃金水準は、標準労働者と同様に休業前と同等とする。なお、ケースA-Bにて標準労働者が非正規雇用者として復職する際の賃金水準は、第1子出産退職時と同年齢の非正規雇用者と同等とする。
 
・退職金の取扱い
正規雇用者の退職金は、厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」の1人平均退職給付額を用いる。ただし、男女別の数値がないため、男女計のものを、学歴種別では大学卒の数値がないため、大学・大学院卒のものを用いる6。また、出産等による休業のない場合は、勤続年数階級35年以上の値、育休を利用した場合は勤続年数階級30~34年の値(60歳で退職の場合)、第1子出産時に退職した場合は勤続年数階級20~24年の値に勤続年数比率を乗じた値とする。
 
6 平成30年調査から学歴種別は大学卒から大学・大学院卒へと変更。よって、実際の大学卒の女性の平均退職給付額より多い可能性がある。

生活研究部   上席研究員

久我 尚子(くが なおこ)

研究領域:暮らし

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴

プロフィール
【職歴】
 2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
 2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
 2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
 2021年7月より現職

・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

【加入団体等】
 日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
 生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

レポートについてお問い合わせ
(取材・講演依頼)