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企業年金の改定についての技術的なアドバイス(欧州)-EIOPAから欧州委員会への回答

2025年10月24日

(安井 義浩) 保険計理

1――はじめに

2025年9月5日、EIOPA(欧州保険・企業年金監督機構)は、欧州委員会からの、補足年金(国の年金を補完するものとしての、企業年金と個人年金の総称)の発展に関する質問への回答書1を公表した。

欧州委員会がEIOPAに対し、貯蓄投資同盟(SIU)2戦略との関連で、特にIORPII指令(改定版職域年金指令)と汎欧州個人年金商品(PEPP)3規則の見直しを通じて、年金基金や個人年金商品の発展を支援するためのアドバイスを求めたことへの回答である。現段階では商品設計等の技術的事項の提案にとどまり、実現に向けた政策的検討はまだ行われていない。本稿ではまず、企業年金の部分を中心に紹介する。
 
1 Technical input for the reviews of the IORPⅡDirective and the PEPP regulation in the context of the Savings and Investments Union   (2025.9.5 EIOPA)
https://www.eiopa.europa.eu/document/download/d3e95b85-875f-4b7e-83de-e3b7c829afa4_en?filename=EIOPA-BoS-25-418-Technical%20input%20to%20EC%20IORP%20II%20PEPP.pdf&prefLang=sv
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)
2 Saving Investment Union : EU内の個人貯蓄のより多くを銀行預金から株式等の投資にシフトさせようという計画
3 Pan European Pension Product:欧州における退職後資金準備のために認められた標準的な個人年金

2――意見書の内容

2――意見書の内容

1|背景・目的・適用範囲
今回の意見書において、職域年金の発展を阻害するような重大な変更を目的としているわけではないが、各国の管轄当局が直面しているIORPII実施上の課題に対処し、一貫した考え方の下での、EU全体の加入者と年金受給者の適切な保護を目指している。
 
PEPPは、規則施行後その潜在能力を十分に発揮していない。提供者数および利用率はいずれも低い水準にとどまっている。これについて、年金格差の解消、投資機会へのアクセスの改善、コスト削減などを通じて、リターンを向上させ、PEPPの規模拡大を実現したい。ひいては補足年金全体をより拡張可能なものとし、これはSIUの目標にも貢献する。
 
労働市場が流動化し、確定拠出年金が主力となってきている現状においては、EUの個人貯蓄者にとって、高いリスクを負いながら高いリターンを得る機会が増加しており、職業年金(第二の柱)、個人年金(第三の柱)が将来の十分な所得を確保するために重要な役割を果たしていることについても検証する。
 
職業年金は、個人年金に比べてリターンが高い傾向がみられる。雇用主と従業員両方からの安定的な拠出金により、規模の経済的メリットを享受できるほか、企業および加入者双方の監視体制により、高い信頼性が確保されている。また個人年金に比べると管理コストが低いので、資産運用等の収益が同程度であっても、加入者の受け取る給付の利回りが高くなることが多い。

現状をみると、今後は確定拠出型年金制度の充実に重点をおいていくものの、確定給付型年金も今後数十年続くので、管理と監督が引き続き重要である。

なお、IORPIIに適応しようとしている最中である年金基金も多いので、今回の意見書において大きな変更を求めることは想定していない。このことは、欧州の競争力強化のため、規制を簡素化し、行政上の負担軽減を目指すEIOPAの方針とも整合している。
 
個人年金は、個人がリスクを負いながら老後の所得を補完できる制度である。特定の雇用主に縛られないため、転職等におけるポータビリティがもともと高い。ただし、こうした点から個人年金は主に高所得層向けの給付制度ではないかと誤解されがちであり、その考え方に基づけば、例えば税制優遇は必要ないとされるなど、普及が阻害される可能性がある。

しかし実際には、職業年金を利用できない人々に対するセーフティネットの一手段であるとも考えられるため、個人年金を退職後の貯蓄手段として促進することが重要である。
2|IORPIIの修正方向について
〇オルタナティブ資産への投資の促進
オルタナティブ資産は、投資ポートフォリオのリスク・リターン特性を改善する可能性を秘めているが、不透明な部分が多く、その運用には高度な専門知識が必要である。

オルタナティブ資産とは評価の不確実性、流動性、複雑性、隠れたレバレッジなどのいずれかの特性をもつ資産、とここでは定義しておく。具体的には、未公開株式、(信用リスクの高い)貸付債権、非上場不動産、インフラ投資、ヘッジファンド、コモディティ、ストラクチャードアセットなどを想定している。

規模の大きい年金基金ほどオルタナティブ資産への投資比率が高い傾向がある。投資先の地域をみると、オルタナティブ投資のうち、北米が60%、欧州は20%強である。IORPII指令においては、オルタナティブ資産への投資は禁じられていないが、プルーデントパーソンルールの遵守が義務付けられている。また各国において、健全性の観点から正当な理由がある場合に限り、投資量を制限することができるとされている。

年金基金によるオルタナティブ投資への投資機会を促進するためには、プルーデントパーソンルールに加え、保険におけるソルベンシーII指令の考え方などに倣って、年金基金においてもよりリスクに応じたアプローチを追加するように、IORPII指令を改正することが考えられる。
 
〇規模拡大にむけて
年金基金セクターの規模拡大を支援することは、年金ギャップの解消に貢献する可能性がある。規模拡大には、高い年金加入率、拠出の継続性、プール投資などが寄与し、これらはコスト削減、資本レバレッジの向上、年金資産総額の増加につながる。集中管理や自動化システムの導入も規模拡大に寄与し、業務効率化やコスト削減を通じて、年金基金セクター全体の生産性向上につながる。

またIORPII指令のさらなる厳格化は、それを満たせなくなった年金基金を解散・統合させ、規模の拡大につながる可能性がある。もちろん、規模の拡大だけでは効率性の向上が保証されるわけではないため、適正な市場環境や規制整備も必要である。
 
〇年金基金の定義等を明確にすることによる、セクター全体の成長促進
年金基金の定義、言い換えると、「どんな契約条項をもつ年金制度運営機関がIORPII指令の対象となるのか」という点が、各国の解釈に任されている実態がある。このことにより、無年金の自営業者や非正規労働者の職業年金への加入が制限されている国がある。各国の年金制度、社会法や労働法を尊重しながらも、退職給付を提供するという本来の目的に沿って、すべての労働者が年金貯蓄制度を利用できるように、年金基金の定義や規制対象範囲をより明確にする必要がある。
 
〇監督強化
IORPII指令は、EU全体で加入者と年金受給者を保護するため、リスクに基づく将来を見据えたアプローチに関する規定を導入した。しかし監督当局がそのことに対応できる十分な資源、専門能力、権限を有していないために、十分な水準の保護が行き届いていない。各国の監督当局には、説明責任や透明性の確保といった理念が要求されるとともに、それを実現できるような財務、業務、人事上の権限や独立性も必要である。
 
〇確定拠出年金制度加入者と年金受給者の保護強化
資産運用機能(資産運用リスクの負担)と、財産管理(退職所得の財産権の保護)の間の利益相反をなくし、年金制度への信頼を高め、年金制度加入者と年金受給者の保護を強化する。
 
〇取り崩し段階における情報の透明性の向上
現在、退職前(つまり財源積立期間)などの開示情報は規定されているが、積立金取り崩し場面における開示情報が規定されていない。退職後の選択肢と、リスクおよびその軽減策を説明する積立金取り崩しガイド(寿命動向、インフレ動向、年金額、引き出し方法、流動性・投資・税務リスクなど)や、関連システムツールの提供を検討する必要がある。
 
〇クロスボーダー手続きの簡素化
国ごとの年金制度や関連法の多様性によって、複数の国をまたぐ年金基金の制度は、複雑であったり、不均質なものになったりしてしまっている。資金の移転規則、IORPII指令の適用範囲の再構成、事務的な通知のあり方などの課題に取り組んでいく必要がある。

3――おわりに

3――おわりに

企業年金の健全性の観点から見ると、保険におけるソルベンシーIIに類似したIORPIIが適用されているところであり、これは現時点で一定程度適切に機能を発揮していると考えられるが、今後ここで挙げたような調整が追加されていくことで、さらに効果的なものに進化していくと考えられる。

それに対して個人年金(PEPP)の方は、2022年の規則施行以後ほとんど普及していない。次回以降、この意見書に含まれる個人年金に関する改善提案を紹介する予定である。

保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩(やすい よしひろ)

研究領域:保険

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴

【職歴】
 1987年 日本生命保険相互会社入社
 ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
 2012年 ニッセイ基礎研究所

【加入団体等】
 ・日本アクチュアリー会 正会員
 ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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