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コラム

再び不安定化し始めた米中摩擦-経緯の振り返りと今後想定されるシナリオ

2025年10月16日

(三浦 祐介) 中国経済

■要旨

2025年10月、トランプ米大統領が100%の対中追加関税を示唆し、沈静化していた米中摩擦が再び不安定化した。発端は中国によるレアアースなどの輸出規制強化で、4月の関税合戦に続いて両国間の対立が再燃した格好だ。第4回閣僚級協議ではTikTokの米国事業売却で合意するなど一定の進展もあったが、対立は根強い。中国は「対話による解決」を掲げつつ、「断固たる対抗措置も辞さない」と強調し、4月の中央政治局会議で打ち出した「持久戦」の方針を維持する姿勢を示している。今後は、協議継続による沈静化や追加関税発動、交渉前進による合意といったシナリオが想定され、APECが開催される10月末に向けて、双方の交渉がどのように推移するかが焦点となる。併せて、米中双方による規制強化が今後も断続的に続く可能性が高いことから、企業や関係国は自社・自国のサプライチェーンへの影響の広がりに備えた対応を一層求められるだろう。

■目次

1――再び不安定化の動きを見せる米中摩擦
2――「対中追加関税100%」投稿に至るまでの最近の経緯
3――「持久戦」を前提とした中国の交渉スタンスは変わらない見込み
4――今後想定されるシナリオ
5――おわりに
 

1――再び不安定化の動きを見せる米中摩擦

1――再び不安定化の動きを見せる米中摩擦

2025年10月10日、米トランプ大統領は自身のSNSに投稿し、11月1日(または、中国による今後の追加措置や変更次第ではそれ以前)から中国に対して100%の追加関税と重要ソフトウェアの輸出規制を実施する考えを表明するとともに、10月末に開催されるAPECにおける首脳会談見送りの可能性も示唆した。
米中摩擦を巡っては、4月に米国が相互関税を発動した際に一時エスカレートした後、5月以降は沈静化し、閣僚級協議が続けられてきた。協議は必ずしもテンポよく進んでいるわけではないものの、直近で開催された第4回目の閣僚級協議では、Tik Tokの米国事業売却について合意がなされたほか、10月末にはAPEC開催に合わせ、第2次トランプ政権発足後で初となる対面での首脳会談を開催する方向で動き出すなど一定の進展がみられていたなかで、意表を突く動きとなった。マーケットの反応を見る限り、さすがに4月の相互関税発表時ほどのサプライズとなってはいないものの(図表1)、米中関係の不安定さが改めて浮き彫りとなった格好だ。

2――「対中追加関税100%」投稿に至るまでの最近の経緯

2――「対中追加関税100%」投稿に至るまでの最近の経緯

今回の対中追加関税100%の投稿に至った直接のきっかけは、中国によるレアアースおよび関連技術の輸出規制強化だ1。具体的には、超硬質材料やレアアース関連の物資・設備・技術、リチウム電池や人造黒鉛負極財関連の物資、中国外の組織・企業による第3国向けレアアース・関連技術等を対象に輸出規制を強化する内容となっている。

もっとも、それ以前から、米中間では協議が継続され、双方で譲歩的な措置がとられる一方、小競り合いも常態化していた(図表2)。中国はトランプ大統領による投稿後の10月12日、商務部報道官の発表を通じて、第4回閣僚級協議の後も、米国側でエンティティリスト等への中国企業の追加や輸出規制の適用範囲拡大2、中国企業が所有・運航する船舶等への入港料徴収に向けた動きがみられたことを問題視していることを明らかにしている。他方、中国側にも、レアアースや半導体、大豆3などで米国に圧力をかける動きがみられた。こうした経緯を踏まえると、米中関係が再び不安定化する素地は十分にあったといえる。

中国がこのタイミングでレアアース輸出規制を強化した意図ははっきりしないが、規制強化自体は既定路線だったものと考えられる。中国商務部によれば、4月に規制を強化したにもかかわらず、一部の国外組織・個人を通じてレアアースや関連技術が供給されていたようだ。こうした規制の抜け道を塞ぐために準備していたプランを、米国の規制強化への対抗措置という位置づけで発表するとともに、交渉のカードにもする、という戦略ではないだろうか。トランプ大統領は投稿の中で「私は常に、中国は機会をうかがっていると感じていたが、やはり今回も私の見方は正しかった!」と述べており、これは的を射た見方といえる。他方、レアアース規制強化の発表を受けた米国が、100%追加関税という4月以来となる高関税措置に言及したのは、中国からのレアアースの供給が滞ることに対する危機感がそれだけ強かったということかもしれない4
 
1 トランプ大統領は、「2025年11月1日から発効する中国による大規模な輸出規制」とも述べているが、実際の中国の規制強化の適用開始日は、10月9日、または、11月8日、12月1日(規制により異なる)とされている。
2 適用範囲を、エンティティリストに掲載された事業体から同事業体が50%以上所有する事業体まで拡大するというもの(「トランプ米政権、輸出管理の適用範囲を拡大、EL掲載企業の子会社なども対象に」『ビジネス短信』2025年9月30日、https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/09/c92c704c4b353243.html)。
3 「中国は大豆を『交渉』に利用とトランプ氏、4週間後に首脳会談」(『ロイター』2025年10月2日、https://jp.reuters.com/markets/commodities/7SWFVHIEGFNS3EOEWBW55D7WDE-2025-10-01/)。
4 このほか、中国国内では、外交課題のひとつであったガザ停戦が実現したことで対中交渉に集中しやすくなったほか、政府閉鎖により軍関係者への給与支払いの遅れが生じる懸念があるなか、国内問題を外に転化しようとしたとの見方もあった(「芦哲:如何看待本轮特朗普的关税威胁?」『網易』2025年10月13日、https://www.163.com/dy/article/KBOMPRCQ0519IGF7.html)。

3――「持久戦」を前提とした中国の交渉スタンスは変わらない見込み

3――「持久戦」を前提とした中国の交渉スタンスは変わらない見込み

中国は、関税合戦がエスカレーションした4月の段階で、党の中央政治局会議において持久戦で臨む姿勢を打ち出しており、足元で米中関係が不安定化する中でもその姿勢は変わらないと考えられる。経済情勢をみると、不動産不況は依然として続いており決して盤石ではないものの、内需、外需とも総崩れになる状況は回避できる見込みである。内需については、4月時点では経済政策の下支えにより堅調であったのに対して、夏場以降は政策効果の弱まり等を受け減速し始めている。ただ、これに対して足元では人民銀行による資金供給ツールや政策金融機関の活用により再び下支えを強める動きがみられ、必要であれば追加の財政出動も視野に入れていると考えられる。また、外需に関しても、米国向けの輸出が顕著に悪化する一方、ASEANやEUなど米国以外向けの輸出は9月の時点でも好調であり、米国による関税措置の影響が緩和されている(図表3)。政治的にも任期終盤に入り、2027年には重要イベントである党大会の開催を控えるなか、必要以上に姿勢を軟化させる可能性は低いだろう。

10月12日の中国商務部の発表でも、「対話を通じて双方の懸念を解決」するべきと強調する一方、「もし米側が一方的に突き進むならば、中国側も必ず断固たる対抗措置を取り、自国の正当な権益を守る」とも述べている。大豆などの対米輸入の拡大や対米投資の拡大、米国内のフェンタニル問題への協力といった譲歩的なカードも交えつつ、対話による解決を主軸に臨む一方、米国が何等かの圧力を加えれば相応の対抗措置をとるだろう。100%の追加関税は、まだトランプ大統領による口先だけの発表であり、正式に決定された措置ではないため、中国も具体的な報復措置について言及していないものとみられるが、仮に追加関税が実行に移されれば、中国も同等の対米追加関税を発動する可能性が高い。

4――今後想定されるシナリオ

4――今後想定されるシナリオ

今後当面の米中摩擦の展開を巡っては様々な可能性があるが、主には以下3つの可能性が想定されよう。

1つ目は、10月中に事態がいったん沈静化し、現行の関税水準のもとで継続協議となる可能性だ。トランプ大統領の投稿で一時先行き不確実性が高まった米中関係だが、中国側は、対中追加関税100%投稿に対して、上述の通り今のところ抑制的な反応を示している。米国側も、13日にはトランプ大統領が「彼(中国の習近平国家主席)も自国の不況なんて望んでいないし、私も同じだ」と投稿したほか、ベッセント財務長官もインタビューで「週末にかけて米中間で実質的な意思疎通があり(中略)『緊張は大幅に和らいだ』」し、首脳会談も実施予定と述べるなど、沈静化を図る発言が相次いでいる。実務レベルでの協議は早速始まっており、今後も、APECが開催される月末に向けて、10月いっぱいは双方の協議が続けられる見込みだ。協議を通じて、米国の輸出規制の適用範囲拡大や中国のレアアース輸出規制強化といった双方の措置について、運用レベルでの柔軟化で合意することで軌道修正を図るというのが理想的なシナリオである。

2つ目は、追加関税が発動される可能性だ。当面の交渉において、10月末までに合意ができずに時間切れとなったり、中国が交渉優位に立つために強気の姿勢で臨み、他の対抗的措置の応酬へと広がったりすれば、100%とはいかないまでも追加関税(例えば30%)を発動し、関税合戦が再びエスカレーションするという展開も想定される。もっとも、対中関税が引き上げられれば、双方の経済への悪影響が強まる可能性が高い。高関税が常態化するというリスクも無視はできないものの、関税引き下げに向けた交渉が再び実施されるのではないだろうか。

3つ目は、交渉が急速に前進する可能性だ。例えばレアアース規制強化等を巡る合意に加え、中国の譲歩的な対応が功を奏し、関税が現行の水準から引き下げとなる可能性もゼロではない5。ただし、現時点における他国・地域への相互関税の水準(日本やEU向け15%、ベトナム向け20%等)を踏まえ、対中関税30%(相互関税10%およびフェンタニル流入防止を目的とする通商232条関税20%)を、どのような理屈でどの程度引き下げるのかは不透明だ。
 
5 米中交渉とは関係なく、米国内で最高裁による国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく関税措置について違憲判決が下される可能性もある(「米最高裁のIEEPA関税の判断、早ければ年内に、還付手続きの行方に注目」『ビジネス短信』2025年9月17日、https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/09/21628c24d2bfb711.html)。

5――おわりに

5――おわりに

今後の米中の経済情勢を考えるうえで、向こう数週間の米中協議がどのような展開をみせるかに注視が必要なことは言うまでもない。ただし、仮に穏健に進んだとしても、今回の出来事で明らかになったように米中関係が不安定な状況は根本的には変わらないだろう。

また、米中間の摩擦が構造的に定着した今日、今回問題となった双方の輸出規制強化に代表されるように、企業の事業活動に直接影響しうる規制が今後も断続的に米国や中国によって追加、強化される可能性が高い。規制の適用範囲が広がるにつれて日本企業も影響を受ける可能性が高まるほか、米中間の争いに第3国が巻き込まれるリスクもあることから6、米中摩擦を中心に地政学的影響を受けやすい事業や製品を把握してサプライチェーン上のリスクを洗い出し、コンティンジェンシープラン策定等の対応をとることが一層必要となるだろう。
 
6 中国は、10月14日、米国の通商法301条調査に協力したことを理由に、韓国の造船企業の米国子会社に制裁を科すことを発表した。

経済研究部   主任研究員

三浦 祐介(みうら ゆうすけ)

研究領域:経済

研究・専門分野
中国経済

経歴

【職歴】
 ・2006年:みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)入社
 ・2009年:同 アジア調査部中国室
 (2010~2011年:北京語言大学留学、2016~2018年:みずほ銀行(中国)有限公司出向)
 ・2020年:同 人事部
 ・2023年:ニッセイ基礎研究所入社
【加入団体等】
 ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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