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進む東証改革、なお残る上場維持基準の課題

2025年10月03日

(森下 千鶴) 株式

東京証券取引所が2022年4月に市場区分を「プライム」「スタンダード」「グロース」の3つに再編してから3年が経過した。従来は経過措置により一部の基準未達企業も上場を続けられてきたが、この経過措置が終了し、新しい上場維持基準が本格的に適用されている。
 
新しい上場維持基準の特徴は「新規上場基準と維持基準の原則共通化」である。従来は、新規上場基準と比較して上場廃止基準が著しく低く、一度上場すれば基準を多少下回っても上場を維持できる構造となっており、上場後も継続的な成長を促す仕組みとは言い難かった。今回の見直しにより、企業は上場後も継続的に一定の水準を維持することが必要となった。
 
では、実際にどのような企業が基準を下回っているのか。3市場合計で215社が基準を下回っている。市場別では、プライム市場で67社、スタンダード市場で103社、グロース市場で45社が未達であり、特にスタンダード市場に集中している。基準項目別では、プライム・スタンダード市場では流通株式時価総額基準の未達が多いのに対し、グロース市場では時価総額基準を満たさない企業が目立つ。前者では流動性確保(株価×流通株式数)が課題であり、後者では企業規模そのものが課題となっている(図表1)。
企業は、基準を下回った場合でも即時に上場廃止となるわけではない。原則として1年間の改善期間(売買高基準は6カ月)が与えられ、この間に基準を回復できれば指定解除される。改善期間を経てもなお基準を達成できなければ監理銘柄・整理銘柄を経て上場廃止となる。
 
では、企業は具体的にどのような対応を取っているのか。大きく分けて四つの方向性に整理できる。第一は、業績改善や株主還元の強化等を通じた「基準への適合」である。利益成長や純資産の拡大、ガバナンス体制の強化を通じて株価や投資家評価を高め、基準を満たそうとするものである。第二は「市場区分の変更」で、特にプライムからスタンダードへの移行が典型例である。実際、プライム市場の未達企業67社のうち63社はスタンダードの基準には適合しており、現実的な選択肢となっている。第三は、名古屋・札幌・福岡といった地方取引所への「重複上場」である。地方取引所は東証と比較して基準が緩やかであり、仮に東証で上場廃止となっても「上場企業」の地位を維持できる。2024年以降、東証との重複上場企業数は20社超に増加しており、備えの動きが広がっている。第四は「非公開化」で、MBOや親子上場解消などにより上場をやめるケースである。実際、2024年末の東証上場企業数は前年より1社少ない3,842社(TOKYO PRO Marketを除く主要3市場)と2013年以来初めて減少した。
 
新しい上場維持基準は、短期的には企業に負担や形式的な対応を求める側面もある。しかし従来の新規上場基準と廃止基準に大きな乖離があった状況を見直し、一定の水準を維持する仕組みに転換した意義は大きい。企業にとっては中長期的な成長戦略を再構築し、投資家との信頼関係を深めるきっかけとなる可能性がある。今回の制度改革は、企業の市場との向き合い方を改めて考える契機になると同時に、日本株式市場全体の活性化につながるかどうか今後の動向が注目される。
 
さらに留意すべきは、この見直しが「終着点」ではない点である。東証は、グロース市場の時価総額要件を「上場後10年で40億円」から「上場後5年で100億円」に引き上げる方針を示しており、規模要件を満たせない企業は今後さらに増える可能性がある。筆者が2025年8月末時点のグロース市場上場企業の時価総額を集計したところ、時価総額が100億円以上に切り上がることによって新たに203社(全体の33%)の企業が時価総額基準を下回ることが確認された。
また、スタンダード市場についても基準や規則全般の見直しを含め、今後の方向性を検討していくべきだとの議論があった。つまり、今回の本格適用は通過点に過ぎず、日本の株式市場は依然として「改革途上」にある。引き続き、各市場の基準整備や企業行動の変化を通じて、上場企業が持続的な成長を実現し、その流れが株式市場全体の活性化へとつながる市場づくりが進んでいくだろう。

金融研究部   研究員

森下 千鶴(もりした ちづる)

研究領域:医療・介護・ヘルスケア

研究・専門分野
株式市場・資産運用

経歴

【職歴】
 2006年 資産運用会社にトレーダーとして入社
 2015年 ニッセイ基礎研究所入社
 2020年4月より現職

【加入団体等】
 ・日本証券アナリスト協会検定会員
 ・早稲田大学大学院経営管理研究科修了(MBA、ファイナンス専修)

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