NEW
コラム

増産計画でも続く令和の米騒動~新米価格はいくらになる?~

2025年09月02日

(小前田 大介) 成長戦略・地方創生

1――はじめに

2025年8月5日、米の安定供給をテーマとする関係閣僚会議において、石破茂首相は従来の米政策の方向を大きく転換する発言を行った。長らく「減反」を軸に需給調整を行ってきた日本農政に対し、首相は「(中略)『米を作るな』ではなく、生産性向上に取り組む農業者が、増産に前向きに取り組める支援に転換する」1と明言したのである。さらに「消費者・生産者がお互いに納得できる価格に米価が落ち着いていくことが重要」と強調した。これは歴代政権においても珍しい、明確な増産支援方針であり、政策転換を象徴する出来事として注目される。

農水省は令和5・6年の米の需給見通しが誤っていたことを率直に認め、米は足りているとの従来判断が結果的に混乱を拡大させたと謝罪した2。政府がここまで踏み込むのは、食料安全保障上の危機感の表れである。米は単なる主食にとどまらず、日本の農業政策の象徴であり、国民生活に直結する。その価格変動が続けば、家計・流通・産業全般に与える影響は計り知れない。

本稿では、小売価格の推移と需給見誤りの影響、備蓄米放出の効果、JA概算金からみた新米価格の展望を整理し、今後の政策課題を考える。特に「消費者・生産者が納得できる価格」を実現するには、政府の市場介入がより踏み込んだ形で必要だと指摘したい。
 
1 首相官邸 米の安定供給等実現関係閣僚会議 令和7年8月5日
2 農林水産省 小泉農林水産大臣記者会見概要 令和7年8月8日

2――需給見通しの誤りと価格高騰の背景

長年にわたって続いた減反政策により、水田面積・米生産量は大幅に縮小したのである。2018年に減反政策が形式的廃止された後も、政府による「適正生産量」の提示と転作補助は継続され、供給体制が脆弱化した。2023年の記録的猛暑は、高温に弱いコシヒカリなどに収量減と品質低下をもたらし、一等米比率の低下という形で供給に深刻な打撃を与えた。*

令和4・5年産の需給ギャップは累計65万玄米トンに上る。さらに令和6年産は32万玄米トンの需給ギャップが存在し、そのほとんどは 需要増によるものとされる(図表1)。また、令和6年産は政府見通しより37万玄米トン上回る需要があったとされた3
 
3 農林水産省 「令和7年5月時点の主食用米等の令和6/7年及び令和7/8年の需給見通し」

3――備蓄米放出の効果とその限界

需給逼迫を受け、政府は2025年2月から備蓄米の市場放出に踏み切った。年初に96万トンあった在庫は、わずか半年余りで15万トンまで減少した(図表2)。残る備蓄米の多くは令和2年産であり、本来であれば飼料用への転用が進む時期に差し掛かっている。販売期限を延長する対応はとられたものの、品質や量の面から長期的な市場安定効果は限定的であった。

実際、備蓄米の放出は全体の小売価格を一定程度下げ、特に低価格帯のブレンド米市場では効果を発揮した。しかし、消費者の銘柄米志向は根強く、銘柄米の店頭価格は依然として4,000円台に張り付いたままであった(図表3)。つまり、備蓄米は「全体価格の平均を押し下げる」効果はあっても、「銘柄米価格を直接下押しする」効果はほとんど持たなかったのである。一時的な価格上昇の抑制には寄与したものの、市場に持続的な安定をもたらす施策とはなり得なかった。

4――新米価格の展望

2024年産の銘柄米は年間を通じて3,300~4,000円台で推移した4。しかし、2025年産米については、各都道府県のJAが提示した概算金(農家への仮払い価格)が前年より6~7割高く設定されている。具体的には玄米60kg当たり11,000円前後の増額となり、これを精米5kg当たりに換算すると1,000円前後の値上がりに相当する5。概算金の提示に当たっては猛暑や渇水による収量懸念も織り込まれており、JAは高値を提示してまで米を確保する姿勢を示している。この動向から逆算すると、2025年産の小売価格は4,300~5,000円台が基準となり、不作ならさらに一段高に振れるリスクが高い。

一方で、下押し要因もある。政府は備蓄米の新規買い入れを中止し、市場にできるだけ新米が流通するよう対応している。加えて農水省の発表では2025年産は作付面積が増加に転じており、供給は対前年+56万トン(約8%増)が見込まれる6。これらは供給増要因として一定の効果を持つ。

しかし、備蓄米在庫は大幅に減少しており、価格を抑え込む切り札が残されていない。備蓄米が尽きた以上、国内備蓄では対応が難しくなり輸入米を市場安定のオプションとして検討せざるを得ない状況である。総合的に見れば、2025年産米は4,300円を下回る可能性は低く、高値圏が続く見込みである。
 
4 農林水産省 スーパーでの販売数量・価格の推移(KSP-POSデータ全国等)
5 玄米60kgの精米後白米量を9割の54kgと仮定して5kgに割り戻した場合、1,000円前後の増額となる。
6 農林水産省 水田における作付意向について(令和7年産第3回中間的取組状況(6月末時点))

5――政策課題と今後の方向性

日本の米政策は長年にわたって「供給制約」を基本に設計されてきた。適正生産量の提示や転作奨励は需要減少期には一定の効果を発揮したが、現在のように価格高騰と供給不足が同時進行する局面では逆機能を起こしている。現行制度の柱である「水田活用の直接支払交付金」も、実質的に主食用米を作らないことへのインセンティブとなっており、増産を阻害している。

今後コメ増産を実現していくためには、農家のリスクを小さくして増産に取り組める環境を整えることが急務である。そのために市場価格が一定水準を下回った場合に差額を補填する価格保証や、資材高騰に対応する生産コスト補助といった「所得補償型政策」への転換が求められる。海外主要国では、農産物市場に政府が積極的に介入し、価格の安定化を図っており、米国のPLC(価格損失補償)7やEU共通農業政策における価格支持8がその典型である。

もっとも、こうした制度改革は時間を要する。直近の価格安定策として用いられてきた備蓄米は、在庫の大幅な取り崩しにより、もはや価格安定策とは言い難い状況である。備蓄米が尽きた場合、国内の供給不足を補う手段は限られており、次に選択肢として浮上するのが「輸入米」である。過去にもSBS方式などを通じて限定的に流通してきた実績があり、緊急時には市場安定策の一環として現実的なカードとなり得る。

これらを踏まえると、石破首相と小泉農水相が掲げる「消費者・生産者がともに納得できる価格」を実現するには、短期と中長期を切り分けた段階的な対応が不可欠である。まず短期的には、備蓄米の限界を補うために、輸入米を含めた多様な市場安定策を柔軟に動員することが求められる。同時に中長期的には、価格保証やコスト補助といった所得補償型政策への転換、高温耐性品種の普及、担い手の規模拡大など、国内農業基盤を強化する改革を進めなければならない。緊急時の価格安定策と構造的な増産力強化を両立させることが、次なる「米騒動」を防ぐ唯一の道筋である。
 
7 農林水産省 米国の農業政策
8 欧州連合日本政府代表部 EU農業政策等最新動向の説明
レポートについてお問い合わせ
(取材・講演依頼)