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タイ経済:25年4-6月期の成長率は前年同期比2.8%増~駆け込み輸出が観光業の落ち込みを相殺

2025年08月18日

(斉藤 誠) アジア経済

2025年4-6月期の実質GDP成長率は前年同期比2.8%増1(前期:同3.2%増)と低下したが、市場予想2(同2.7%増)を上回った(図表1)。なお前期比(季節調整後)の成長率は0.6%増だった。

4-6月期の実質GDPを需要項目別に見ると、主に純輸出の鈍化が成長率低下に繋がったことが分かる。

まず民間消費は前年同期比2.1%増(前期:同2.5%増)と低下した。費目別に見ると、レストラン・ホテル(同5.7%増)や食料・飲料(同4.2%増)、輸送(同4.4%増)、衣類・靴(同3.7%増)、保健衛生(同2.8%増)が増加した一方、住宅・水道・電気・燃料(同1.2%減)と家具、備品、メンテナンス(同0.6%減)、娯楽・文化(同0.2%減)が減少した。

政府消費は同2.2%増(前期:同3.4%増)と低下した。現物社会給付(同11.9%増)と財・サービスの購入(同5.2%増)は堅調に拡大したが、雇用者報酬(同0.4%増)は小幅な増加にとどまった。

総固定資本形成は同5.8%増(前期:同4.7%増)と上昇した。投資の内訳を見ると、公共投資は同10.1%増(前期:同26.3%増)と二桁成長が続いたほか、民間投資が同4.1%増(前期:同0.9%減)となり5四半期ぶりに増加した。

純輸出の成長率寄与度は+1.6%ポイントとなり、前期の+7.0%ポイントから縮小した。まず財・サービス輸出は同12.2%増(前期:同12.3%増)と二桁成長だった。サービス輸出は同2.7%増(前期:同7.0%増)と鈍化したが、財貨輸出が同14.3%増(同13.8%増)と大幅な増加が続いた。一方、財・サービス輸入は同10.8%増(前期:同2.1%増)と加速した。
供給項目別に見ると、主に三次産業の鈍化が成長率低下に繋がった(図表2)。

全体の6割を占めるサービス業は同3.5%増(前期:同4.1%増)と低下した。サービス業の内訳を見ると、前期まで好調だった宿泊・飲食業(同2.1%増)が鈍化したほか、教育(同0.2%増)や国防・社会保障(同0.8%増)、不動産業(同1.2%増)、金融・保険業(同2.6%増)が相対的に緩やかな伸びにとどまった。また建設業(同8.1%増)と堅調な伸びを維持したが、公共事業の減速により前期の同16.4%増から鈍化した。他方、小売・卸売業(同6.2%増)や情報・通信業(同5.4%増)、保健衛生・社会事業(同5.2%増)、運輸・倉庫業(同4.0%増)は順調に推移した。

鉱工業は同0.8%増(前期:同0.4%増)と停滞した。主力の製造業は同1.7%増(前期:同0.9%増)と上昇した。製造業の内訳を見ると、自動車およびコンピュータ・部品などの資本・技術関連産業(同5.2%増)はコンピュータや電子部品、自動車の生産拡大により回復した。また食料・飲料および繊維、家具などの軽工業(同0.4%減)は減少、石油化学製品およびゴム・プラスチック製品などの素材関連(同1.5%増)は小幅に増加した。他方、鉱業は同1.8%増(前期:同2.6%増)と鈍化し、電気・ガス業は同5.0%減(前期:同5.3%減)と減少した。

農林水産業は前年同期比6.0%増となり、前期の同6.2%増に続いて大幅な増加が続いた。良好な気象条件に恵まれ、主にコメや果物、パーム油などの収穫量が増加したほか、水産業が外需の回復を受けて生産が拡大した。一方で畜産業は豚肉や卵の生産が減少した。
 
1 8月18日、タイの国家経済社会開発委員会(NESDC)が2025年4-6月期の国内総生産(GDP)を公表した。
2 Bloomberg調査

4-6月期GDPの評価と先行きのポイント

今回発表された2025年4-6月期の成長率は前年同期比+2.8%と、4四半期ぶりに2%台まで低下したが、2024年通年の成長率(前年比+2.5%)と比べると高い伸びを維持しており、これまでのところは順調な成長ペースを維持しているといえる。

4-6月期の成長率低下はサービス輸出の鈍化と財輸入の大幅な増加によって外需が悪化した影響が大きい。まずサービス輸出(前年同期比+2.7%)はコロナ禍後の回復局面では二桁成長が続いたが、今年に入って逆風にさらされている。4-6月期の外国人訪問者数は前年同期比▲12.2%の713万人となり、コロナ禍前の約7割の水準まで落ち込んでいる(図表3)、中国人著名俳優の誘拐事件などからタイの安全性に対する信頼感が低下して、中国人観光客数が大幅に減少した影響が大きい。財貨輸出(同+14.3%)は5四半期連続で増加した。トランプ米政権の相互関税の影響を回避するための駆け込み需要が増加して米国向けの出荷が大きく伸びた。品目別にみると、ゴム(同+32.4%)、コンピュータ(同+210.6%)、コンピュータ部品・付属品(同+37.7%)、集積回路・部品(同+42.3%)、自動車部品(同+15.5%)などが高い伸びを示した(図表4)。一方、財・サービス輸入(同+10.8%)は製造業の生産や設備投資の増加によって原材料・中間財・資本財の輸入が伸びた結果、純輸出の成長率寄与度(+1.6%ポイント)が縮小した。

内需については消費が鈍化した一方、投資が回復した。民間消費(同+2.1%)は前期の同2.5%から鈍化した。4-6月期は電気料金の引き下げにより消費者物価上昇率(▲0.3%)が低下したほか、失業率(0.9%)も低水準で推移したものの、観光業の低迷と農産物価格の低下による所得の伸び悩みや高水準の家計債務が重石となり消費活動の減退に繋がった。

投資は同+5.8%と加速した。自動車や産業機械、オフィス機器への設備投資が増加したため、民間投資(同+4.1%)が5四半期ぶりにプラス成長に回復した。一方、公共投資(同+10.1%)は政府プロジェクトの進展により建設投資を中心に拡大して4四半期連続の二桁成長だったが、1-3月期(同+26.3%)から鈍化した。
このようにタイ経済は2025年前半が+3%成長となったが、景気の牽引役だった財輸出は米国による高関税を控えた駆け込み需要によって力強く伸びており、年後半はその反動によって輸出が落ち込む可能性が高い。8月7日に発動した米国の追加関税はタイ製品に対して19%の輸入関税が課されることとなった。これは周辺国と同水準であるが、タイ政府は携帯電話やハードディスクドライブ、自動車部品などの売上が減少し、市場シェアを失う可能性があると指摘している。

また現在は外国人観光客数が減少傾向にあり、主要な成長エンジンである観光関連産業が減速し、民間消費も弱含んでいる。7月下旬にはタイとカンボジアが国境係争地で軍事衝突が発生したため、7月の外国人観光客数は前年同月比▲15.6%と大幅な減少となった。トランプ米大統領の仲介によって7月29日に停戦となり、現在は落ち着きを取り戻しているが、領有権を巡る紛争が再燃する可能性もある。不安定な状況が続くなかでは、観光業の回復は見込みにくい。

タイ政府は今年の成長率予測について+1.8%~2.3%と予測している。経済の先行き不透明感の高まりを受けてタイ政府とタイ中央銀行が景気下支えに動いている。タイ政府は6月に1,150億バーツの景気刺激策、8月には景気刺激策第2弾(184億バーツ)を打ち出した。インフラ整備や観光業への支援、産業競争力の向上に予算を充てる計画だ。またタイ中銀は昨年から段階的な利下げを実施しており、8月の会合でも追加利下げを実施し、政策金利を1.5%まで引き下げている。財政・金融政策の内需の下支えとなり景気後退は回避されるものとみられる。

経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠(さいとう まこと)

研究領域:経済

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴

【職歴】
 2008年 日本生命保険相互会社入社
 2012年 ニッセイ基礎研究所へ
 2014年 アジア新興国の経済調査を担当
 2018年8月より現職

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