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世界のプレコンセプションケアから学ぶ日本の在り方-早急なエビデンス構築と政策評価のための指標の明確化、包括的セクシャリティー教育の推進-

2025年08月12日

(乾 愛) 医療

3――日本へのプレコンセプションケアの在り方とは

1|政策評価のための指標明確化とエビデンス構築を
プレコンセプションケア提供の起源となった米国では、プレコンセプションケアに関するモニタリング指標や妊婦の初回健診時のスクリーニング項目が明確に設定されている。これにより、全州のプレコンセプションケアに関する施策に関する効果検証が可能となっており、改善にも生かしやすい形になっている。一方で、日本では、2025年5月に子ども家庭庁より5か年計画が公表されたばかりで、数値的な取組み目標は認知度の引き上げや、性と健康の相談センター事業及び相談窓口の設置割合の設定に留まっている。これは、プレコンセプションケアを提供する側の体制整備に関する目標であり、プレコンセプションケアに関する政策評価をする際には、本来の目標である国民の健康状態が改善されているのか否かについての関連指標、特に、「かかりつけ医をもつ者割合」や、「妊娠の計画性」など、これまでの日本のデータベースでは取得されてこなかった新たな指標についても早急に検討する必要があると筆者は考えている。

また、オランダの様に、ICTを用いたプログラムの提供や、介入効果を検証するために生体データを含めた臨床結果を早急に得る必要がある。こちらの臨床実績が積みあがっていけば、医療職向けのガイドラインの策定や保健指導のエビデンスが確保されることになる。
2|包括的セクシャリティー教育の展開
現在、日本では、家族計画の方針を評価する共通のツールは用いられていない。また、プレコンセプションケアは受胎前の若年期からの知識提供が重要であることが国際的には認識されているものの、現在の日本の学校教育では、学習指導要領における「はどめ規定」17が障壁となって思春期教育の中に積極的に取り入れられていない実態がある。令和2年の臨時国会の答弁では、文科省初等中等教育局長が、「はどめ規定自体は教えてはいけないということではなく、全ての子どもに共通して指導するべき事項ではない。」と回答している18。禁止されてはいないが、画一的な教育内容ではなく、あくまでも個別対応する内容であると示唆しているのである。受胎前の若年期からの保健介入は科学的にも良好な生殖機転が得られていることから、日本がプレコンセプションケアを推進するには、スウェーデンの様に一種の公共政策的な教育方針を示すことも重要な転換点となろう。

さらに、プレコンセプションケアの展開において重要なのは、思春期時期における一時的な教育ではなく、包括的セクシャリティー教育(comprehensive sexuality education;以後、CSE)である19。これは、1999年の第14回世界性科学学会において採択された「性の権利宣言」すなわち、「いつ、誰と、いかなる形の親密な関係または性的関係をもつのかを選択する権利」に基づくものである。教育の枠組み(2018年改訂版)としては、(1)人間関係、(2)価値・権利・文化・セクシャリティー、(3)ジェンダーの理解、(4)暴力と安全確保、(5)健康と幸福のためのスキル、(6)人間のかただと発達、(7)セクシャリティーと性的行動、(8)性と生殖に関する健康、の8つの指標で構築されている。2009年には、国際セクシュアリティー教育ガイダンスが公表され、教育や健康に関わる政策立案者が学校内外で包括的セクシャリティー教育を推進していくための教育プログラムの開発に活用されており、CSEは急速に世界に広まってきている。

残念ながら、日本では、いまだ包括的セクシャリティー教育は普及していない。日本では今後、学校教育機関において思春期教育の中に生殖教育を導入する事に留まらず、より前段階の保育施設や小学校、家庭と連携して、幼少期からのプライベートゾーンの認識や、性的同意に関する意識表示の重要性、社会に存在しているジェンダー問題、アンコンシャスバイアス20など、関連する社会的問題と絡めながら教育を展開してく必要があると筆者は考えている。
 
17 中学校学習指導要領解説「保健体育編」の中学校1年生の保健体育科の中に、「妊娠や出産が可能となるような成熟が始まるという観点から、受精・妊娠を取り扱うものとし。妊娠の経過は取り扱わないとする。」と明記されている。
18 日本教育新聞電子版「令和2年臨時国会質疑から【第7回】」(2021年1月3日公開)
 https://www.kyoiku-press.com/post-series/series-224967/ 
19 成育医療研究センター荒田尚子ら(2024)「プレコンセプションケア」MEDICAL VIEW,p21
20 アンコンシャスバイアスとは、無意識の思い込みや偏見のことである。例えば、赤いランドセルを見て女の子の持ち物だと思ってしまったり、親が海外赴任していると聞いて父親のことだと無意識に思ってしまうことである。

4――さいごに

4――さいごに

プレコンセプションケアは、性別を問わず全ての世代の方々にとって重要な概念・取組みであり、早くから導入を進めてきた諸外国では、エビデンスの構築やモニタリングの指標が明確にされ、ICT技術を用いたポピュレーションアプローチの手法や政策評価まで具体的に進んでいる。

日本では、5か年計画が始動したばかりあるが、諸外国の先進事例から改善すべき方針や学ぶべき展開方法が多数存在していることが分かる。日本にいる全ての人々が、プレコンセプションケアにおける恩恵を享受できるように、着実に改革が推進されることを期待している。

生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛(いぬい めぐみ)

研究領域:

研究・専門分野
母子保健・不妊治療・月経随伴症状・プレコンセプションケア等

経歴

【職歴】
2012年 東大阪市入庁(保健師)
2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了(看護学修士)
2019年 ニッセイ基礎研究所 入社

・大阪市立大学(現:大阪公立大学)研究員(2019年~)
・東京医科歯科大学(現:東京科学大学)非常勤講師(2023年~)
・文京区子ども子育て会議委員(2024年~)

【資格】
看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者

【加入団体等】
日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会

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