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米EU関税合意-実効性・持続性に疑問符

2025年08月04日

(伊藤 さゆり) 欧州経済

■要旨
 
  1. 米国とEUの関税交渉は日本や韓国と同じ相互関税率15%で決着した。分野別関税のうち、自動車・同部品、半導体、医薬品は15%の適用対象とする一方、鉄鋼・アルミニウム・銅は50%関税を適用しつつ、協議を継続、EUは非市場的過剰生産能力への対処を名目とする関税の引き下げを期待する。
     
  2. EUは相互に工業製品の関税をゼロに引き下げる「関税ゼロ協定」を提案し、交渉上の立場は強いと考えていた。しかし、合意は、米国側が関税引き上げ幅を抑える見返りに、EUは工業製品の関税撤廃と水産物、農産品の関税割当の拡大、非関税障壁の削減を約束する非対称的なものとなった。EUは手厳しい批判に晒されている。
     
  3. トランプ大統領がEUとの合意で強調したのは7500億ドルの米国産エネルギーの購入と6000億ドルの追加の対米投資だが、目標達成の確度は高いとは言えない。EU側文書に記載がない防衛装備品の大量購入はトランプ政権による牽制かもしれない。
     
  4. 米EUの合意の実効性・持続性には少なくとも3つの理由により疑問符が付く。第1に合意の内容が曖昧なこと、第2に米国に複雑な合意の実効を適切に管理・監視する意思、能力、誠実さは期待できないこと、第3にトランプ大統領が自らの信念や感情に任せて恣意的・場当たり的に関税を行使する姿勢を改める期待は持てないことだ。
     
  5. 米国との交渉はダメージコントロールに過ぎず、企業の投資判断に重要な予見可能性の向上にはつながらない。貿易パートナーの多角化に力を入れることは不可欠だ。

 

経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり(いとう さゆり)

研究領域:経済

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴

・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職

・ 2015~2024年度 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017~2024年度 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
           「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022~2024年度 Discuss Japan編集委員
・ 2022年5月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
・ 2024年10月~ 雑誌『外交』編集委員
・ 2025年5月~ 経団連総合政策研究所特任研究主幹

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