コラム

学びたいを諦めさせない-高等教育の修学支援新制度の意義と今後の展望

2025年07月31日

(佐藤 雅之) 日本経済

はじめに

2020年度から「高等教育の修学支援新制度」と呼ばれる新しい制度が始まった。これは大学や短期大学、高等専門学校、専門学校への進学に際し、家庭の経済状況にかかわらずチャンスを確保することを目指した支援策で、(1)授業料や入学金の減免(免除または減額)(2)返還不要の給付型奨学金の支給の二本柱で構成されている。文部科学省の推計によれば、住民税非課税世帯の進学率1は2023年度に69%に達し、制度導入前(2018年度)の40%程度から29%ポイントの大幅な上昇となっていることから、低所得層の大学等進学を支える制度として機能していることが分かる。
 
1 文部科学省(2025年2月1日)「高等教育の修学支援新制度について」P12記載

支援の対象

支援の対象者は、(1)世帯年収や資産の要件を満たしていること、(2)進学先で学ぶ意欲がある学生であることの2つの要件を満たす学生全員である。支援を受けられる金額は、世帯年収、進学先の学校種類、通学形態(自宅から通うか一人暮らしか)などによって異なる。
モデルケースとして4人家族の場合、世帯年収約270万円以下の場合に支援が最大となるが、それより世帯年収が多い場合でも段階的な支援が用意されており、年収300万円以下なら支援額は2/3、年収380万円以下なら1/3となっている。

例えば、世帯年収約270万円・私立大学・自宅外から通う学生の場合、約70万円の授業料減免と約91万円の給付奨学金が支給され、合計で年間160万円超の支援を受けることができる。大学や短期大学だけでなく、高等専門学校や専門学校も対象に含まれており、高等教育の様々な進路に対応した幅広い支援制度となっている。従来、日本の奨学金制度は貸与型中心だったが、本制度では一定の学業要件を達成すれば返済不要の給付型奨学金が中心となっている点も画期的と言える。

本制度の導入背景

この制度導入の背景には、日本における所得格差の拡大と、それに伴う教育機会の不平等への懸念があった。親の収入が低いと大学進学を断念せざるを得ないケースが増えると、貧困の連鎖による格差拡大や将来の人的資本の不足が懸念される。教育の機会均等を保障するために、政府は2019年10月に消費税率を8%から10%へ引き上げ、その増収分の一部を財源に高等教育の無償化を進める方針2を打ち出した。税財源を用いて低所得世帯の若者に教育投資を行う本制度は、教育政策であると同時に所得再分配政策の側面も持つと言えるだろう。

文部科学省によると、制度開始から3年目の2022年度には約32万人の学生が本制度による支援を受けている。文部科学省が公表している「学校基本調査」によると、2022年度の高等教育機関(大学(学部)+短期大学+高等専門学校+専門学校)の在籍者数は約339万人であり、全体の10%弱が利用していることが分かる。
 
2 大学等における修学の支援に関する法律(令和元年法律第8号)に基づく

本制度の課題

ただ、課題も残されている。授業料等減免・給付型奨学金の支給は多額のため、支給対象となるか否かで大きな段差(いわゆる崖)が生じる。

図表2では、両親(専業主婦の配偶者)と子ども2人(自宅外通学の私立大学生、中学生)で構成される世帯における世帯可処分所得を、年収毎に示している。天達,磯(2021)を参考に著者が試算したところ、本ケースでは年収300万円の世帯と年収400万円の世帯で世帯可処分所得が逆転していることが分かる。このような逆転現象が起きてしまうのは、年収380万円を超える世帯に支援が行き届かないためである。
こうした中間所得層への配慮として、政府は2024年度から制度の対象を一部拡充した。具体的には、子ども3人以上を扶養する多子世帯や、学費負担の大きい私立大学の理工農系学部の学生について、従来よりも高い所得層(世帯年収の目安:約600万円)まで支援対象を広げ、年間約40万円を上限とする補助を行う新たな区分が設けられている。さらに2025年度からは、多子世帯の学生に限り所得制限を撤廃し、授業料・入学金を国の定める上限額まで全額無償へと制度変更となった。(ただし、第1子が卒業等により扶養から外れ、扶養する子どもの数が2人となった場合には、同制度における多子世帯ではなくなるため、第2子や第3子は支援対象外となることには留意が必要である。)
また、給付継続のための学業成績要件についても見直しが図られている。これまでは在学中に成績が下位25%に連続して属した場合に支援打ち切りとなる厳しい条件が盛り込まれていたが、このような相対評価による要件には学生本人の努力だけではどうにもならない不合理さがあると指摘されてきた。例えば、優秀な学生が多い大学ほど下位25%という基準は達成が難しく、経済的困窮ゆえにアルバイトで忙しい学生が成績不振に陥れば支援を失う可能性があった。文部科学省はこうした状況を踏まえ、2025年度から成績要件の適正化(緩和)を行う方針を示している。困窮学生が途中で支援を打ち切られないよう、より公平で弾力的な運用に改善される見込みである。

さらに、財政面の制約も無視できない。こども家庭庁の予算を確認すると、2025年度に約6,500億円3(2024年度:約5,400億円)とこども家庭庁全体予算(約7.3兆円)のうち9%を占めており、支援拡充にはさらなる財源確保が必要となる。もっとも、教育への支出は将来の人的資本を育て、結果的に経済成長や税収増につながる未来への投資であるとも言える。教育格差の是正は長期的に所得格差の縮小にも寄与するため、若年世代への支援策を社会全体で支えていく意義は大きいだろう。

今後は本制度の効果を検証しつつ、支援対象のさらなる拡大や所得区分の細分化(支援から漏れる谷間層の減少)といった改善策も検討されるべきである。高等教育の修学支援新制度は個人の能力発揮を促すのみならず、社会全体の活力維持にも直結する施策であり、その意義を公平に評価しつつ、時代のニーズに合わせてより良い制度へと発展させていくことが望まれる。
 
3 社会保障関係費としてこども家庭庁予算に計上、文部科学省で執行している

<参考文献>
  • 天達,磯(2021)「政府による社会給付に関わる所得制限の横断的整理と課題」内閣府ワーキングペーパー,規制改革・行政改革担当大臣直轄チーム分析レポートNo.1
  • 小林雅之(2025)「大学の学費無償化に関する課題と解決の方向性(寄稿)」リクルート進学総研,https://souken.shingakunet.com/higher/2025/07/post-3485.html

経済研究部   研究員

佐藤 雅之(さとう まさゆき)

研究領域:経済

研究・専門分野
日本経済

経歴

【職歴】
 2020年4月 株式会社横浜銀行
 2024年9月 ニッセイ基礎研究所

【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員

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