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トランプ関税前後の貿易状況

2025年07月07日

(高山 武士) 欧州経済

1――要旨

米トランプ大統領が4月2日に相互関税を公表してから、3か月以上が経過した。米国の関税政策は種々の変更がされているが、総じて見れば3月から4月にかけて大幅に関税が引き上げられた。

現時点では、米国の貿易統計が5月分まで公表されており、関税の引き上げで米国の輸入にどのような変化が生じたのかについて、一部が明らかになっている。

本稿では、トランプ関税前後の対米貿易(特に米国の輸入)を統計データから確認する。得られた主な結果は以下の通りである。

・米国の貿易収支は24年末から25年3月まで輸入急増を要因として貿易赤字が拡大した。特にスイスからの金輸入、アイルランドからの医薬品・有機化学品輸入が増加しており、いずれもトランプ関税に関連した駆け込み輸入と見られる。

・4月以降、関税が大幅に引き上げられたものの、米国の4月以降の輸入金額は全体でみれば前年並みで、大幅な落ち込みは見られない。ただし、品目別に見ると品目別関税の対象である自動車輸入減少を機械・電子機器類の輸入増加が相殺、地域別には中国やカナダからの輸入減少を台湾やベトナムといったアジアからの輸入増加が相殺している構図となっている。

・関税収入は相互関税など大規模な引き上げが実施されたため4月以降に急増、国勢調査局の推計では関税率は2%強から9%弱まで上昇した(図表)。対中関税は、米中間で一時100%を超える関税引き上げが実施されたこともあって30%ポイント以上上昇し、5月の対中関税率は40%を超えた。主要地域では中国に次いで日本の関税率の上昇幅が大きく、自動車など高めの税率が課されている品目別関税の対象製品を多く輸出していることが影響している。
     

・(関税を除く)輸入物価への影響については、4月以降も輸入全体で見れば大きな変化はない。ただし、日本の自動車輸出価格が大きく下落するなど、一部では価格の低下が見られる。

2――トランプ関税を巡る概況

2――トランプ関税を巡る概況

トランプ大統領が講じた関税政策は、①違法薬物フェンタニルの流入抑制を名目とした関税引き上げ、②重要戦略物資に対する品目別の関税引き上げ、③国別のいわゆる相互関税(品目別関税の対象などは除外)、の大きく3つに分類できる(図表1)。
公表された政策のうち、相互関税については上乗せ税率部分が一時停止されている。中国を除いて7月9日まで停止、中国に対しては報復関税の公表を受けて、相互関税が4月9日に84%(基本関税10%含む、フェンタニル流入抑制名目の20%除く)、4月10日に同125%に引き上げられた。その後、5月12日には米中で関税引き下げが合意され、5月14日以降は相互関税の34%への引き下げと90日間の上乗せ関税の一時停止がなされ、現時点では基本関税10%のみが課されている1

また、5月8日には英国と関税に関する大筋合意(「米英経済繁栄協定(EPD)」)がなされた。英国は米国からの農産物に対して無税枠を設定し輸入拡大(米国から見れば輸出拡大)を図るなどの措置、米国は英国の自動車輸入に低関税輸入枠(年間10万台)の設定といった品目別関税の軽減措置などが含まれる。7月にはベトナムとも貿易協定の締結で合意したと報じられ、ベトナムは米国からの輸入関税をゼロとする一方、米国は相互関税を基本関税込みで20%(当初は同46%)に引き下げるとされている(ただし「迂回輸出」された製品は40%関税)。
 
1 このほか、相互関税の対象からスマホやパソコン、半導体製造装置の除外(半導体関連の品目別対象に分類、4月11日公表、4月5日に遡及適用)といった修正が実施されている。

3――輸入額、関税収入への影響

3――輸入額、関税収入への影響

現時点で、米国の5月までの貿易統計が公表されており、その影響が確認できる。

米国の貿易収支(図表2)は24年12月から25年3月まで輸入の増加を要因として貿易赤字が拡大してきたが、25年4月の輸入は昨年並みまで減少し、5月も4月とほぼ同額となった。年初以降にトランプ関税引き上げ前の駆け込み輸入による増加が見られ、4月以降は駆け込み輸入が剥落した形となっている。
米国の輸入を品目別に見ると(図表3・4)、この時期には貴金属(HS2桁コード71)や医薬品(30)・有機化学品(29)が急増していることが分かる2。主に貴金属はスイス(主要な金の精錬拠点)、医薬品・有機化学品はアイルランド(米欧大手製薬会社の生産拠点が集中)からの輸入が増加しており、前者は安全資産としての金需要やニューヨーク市場とロンドン市場間での裁定取引、後者は関税が引き上げられる前の輸入の前倒しが影響していると見られる3(なお、同時期は機械類(84)・電子機器等(85)の輸入も増えているが、これらの品目は24年頃から趨勢的な増加基調にある。図表3)。
その後、25年4月以降はこうした駆け込み輸入はおおむね一服しているが、輸入全体では関税引き上げ前(前年)と比較して大きく輸入が落ち込んでいる訳ではない(図表3)。品目別に見ると自動車関税の対象となった車両等(87)が4月以降に相対的に大きく落ち込んでいるが、24年頃から趨勢的な増加基調にある機械類(84)・電子機器等(85)の輸入が堅調であり、また1-3月期に駆け込み輸入が大きかった医薬品(30)・有機化学品(29)の輸入も強含んだ状態が続いている(図表3・5)。
なお、地域別に輸入動向を確認すると、先ほど見た通り4月以降の全体の輸入金額はほぼ関税引き上げ前と同水準であるが、中国やカナダからの輸入減少をASEAN(特にベトナム)やNIEs(特に台湾)といったアジアからの輸入増が相殺している形になっている(図表6・7)。5月の米国の地域別の輸入額は、対中国で前年比▲41.4%、対カナダは同▲15.4%である一方、対台湾は82.5%、対ベトナムは41.1%と優劣が大きい。
 
2 本稿では主にHS2桁コードの品目を抽出しており、実際の課税品目と完全には一致していない点に留意(以降も同様)。
3 内閣府(2025)「アメリカの金の輸入の急増の背景とGDPに与える影響」『今週の指標 No.1377』も参考。アイルランドからの医薬品輸入については、Chelsey Dulaney and Jared S. Hopkins「減量薬で膨張する米貿易赤字」The Wall Street Journal(日本語版)2025年6月25日も参照。スイスやアイルランドからの輸入が急増したことを受けて、6月に公表された米財務省の外国為替報告書では、新たにスイスとアイルランドが監視対象となった。U.S. Department of the Treasury, Treasury Releases Report on Macroeconomic and Foreign Exchange Policies of Major Trading Partners of the United States, June 5, 2025(2025年7月7日アクセス)。

経済研究部   主任研究員

高山 武士(たかやま たけし)

研究領域:経済

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴

【職歴】
 2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
 2009年 日本経済研究センターへ派遣
 2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
 2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
 2014年 同、米国経済担当
 2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
 2020年 ニッセイ基礎研究所
 2023年より現職

 ・SBIR(Small Business Innovation Research)制度に係る内閣府スタートアップ
  アドバイザー(2024年4月~)

【加入団体等】
 ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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