NEW

国際的に注目を集めるAsset-Intensive Reinsurance(AIR)を巡る動向

2025年07月01日

(植竹 康夫) 保険計理

1――AIR(Asset-Intensive Reinsurance)とは何か

Asset-Intensive Reinsurance(AIR)とは、生命保険会社が保有する長期・資産集約型の保険契約(例:年金、ユニバーサルライフ保険など)を再保険会社に出再し、同時にそれに見合う資産も再保険先に移転するスキームを指す。再保険先は保有資産の運用収益を得る代わりに、再保険契約に伴う将来の保険支払い責任を負う1
 
AIRスキームの目的は主に以下のようなものが挙げられる:
  • 保険会社の資本負担の軽減(ソルベンシー比率などの改善)
  • 再保険会社側の投資リターン確保
  • 親会社連結ベースでの財務諸表の改善効果(表面的なソルベンシー比率の向上など)

このような構造は近年、バミューダやケイマン諸島といった再保険拠点において急速に拡大している。
 
1 元受保険契約にかかる保険契約者に対する保険金支払い責任は元受保険会社に残る。

2――IAISの懸念(2025年3月)

2――IAISの懸念(2025年3月)

国際保険監督者協会(IAIS)は2025年3月19日、草案文書『[Draft] Issues Paper on Structural Shifts in the Life Insurance Sector』を公表し、AIRと代替資産の拡大について以下のような懸念を示し、公開草案として意見の募集を行った。
 
  • 代替資産の急増
    保険会社は高利回り追求のため、プライベート・エクイティ、不動産、インフラ、ヘッジファンド、プライベート・デットなどの流動性が低く評価が難しい資産にシフトしており、監督上の懸念が生じている。
     
  • AIRの普及と構造的リスク
    AIR契約が複数の規制法域や再保険者、運用会社をまたがっているため、契約構造の透明性が低く、リスクの実態把握が困難。再取得条項(recapture clauses)やグループ間資産移転による利益相反の可能性にも懸念がある。
     
  • システミックリスクの懸念
    市場ストレス時に一斉に契約が強制売却されたり、逆に1社または複数の保険会社がAIRを大量に回収した場合、資産の強制売却や流動性の逼迫、信用市場の混乱につながりうると指摘している。

3――バミューダ金融庁(BMA)の弁明(2025年3月)

3――バミューダ金融庁(BMA)の弁明(2025年3月)

2025年3月21日、バミューダ金融庁(BMA)はレポート『Insights and Reflections on Asset‑Intensive Reinsurance in Bermuda』を公表し、IAISの懸念に対する事実上の反論を展開した。
 
  • AIRの大半は担保付き
    約80%のAIR取引は資産が契約に担保設定されている形式であり、移転元保険会社の貸借対照表に引き続き資産が残ると説明。これにより、システミックリスクは極めて小さいと主張した。
     
  • 国際基準との整合性
    BMAはIAISのICP(Insurance Core Principles)13に準拠して再保険監督を行っており、事前審査、情報開示、流動性ストレステストを通じて監督を強化していると説明した。
     
  • AIRの構造は透明で実行可能性が高い
    バミューダでは定期的なレビューと元受保険会社の監督当局との情報共有体制が制度化されており、実質的リスク管理が可能とされている。

4――GFIAによる見解(2025年6月)(2025年6月)

4――GFIAによる見解(2025年6月)(2025年6月)

2025年6月、世界各国の保険業界団体で構成されるGFIA(Global Federation of Insurance Associations)は、IAISによるAIRへの監督強化の動きに対して、現行制度の有効性を認めつつ、過度な規制には慎重であるべきとの立場を表明した。GFIAの主張は、AIRにおけるリスクを全面的に否定するものではないが、それに対する対応として新たな規制導入が必ずしも最適とは限らないという、実務的かつバランス志向の見解に立脚しているものと考えられる。
 
GFIAの見解を以下のポイントで整理する:
1|既存の監督枠組みで基本的に対応可能
GFIAは、AIRに伴う再保険取引や代替資産への投資が、すでに多くの主要市場において適切な監督フレームワークの下で運用されていると強調している。特に欧州・北米・アジアの一部市場では、既に以下のような施策が整備されている:
  • 経済価値ベースの資本規制
  • リスクベースの監督アプローチ
  • 保険グループ単位での再保険エクスポージャー評価

このため、IAISが示したような構造的シフトに対しても、新たな制度導入ではなく、既存制度の運用強化・国際整合性の確保を通じた対応が望ましいとしている。
2|監督の焦点は「原則ベース」かつ「比例的」であるべき
GFIAは、IAISが検討している「詳細で画一的なガイダンス(prescriptive guidance)」の導入に懸念を示している。AIRに関する契約構造やリスク特性は国や企業によって異なるため、過度に一律な要件は市場の柔軟性や革新性を損なう可能性があるとする。

代わりに、「監督者の裁量を尊重した原則ベースのアプローチ」や「個別の実態に応じた比例原則の適用」が必要であると強調している。
3|AIRは長期責任に対応する重要な金融手段
GFIAは、AIRが(単なる「リスク回避的な規制アービトラージの手法」ではなく)以下のような保険市場の健全な機能を支えていると評価している:
  • 長期契約の資本負担軽減
  • 保険グループ全体のリスク分散
  • 再保険市場の流動性と資本アクセス向上

こうした効用を考慮すれば、IAISが示したような構造的シフトそのものを「問題」と捉えるべきではなく、AIRはむしろ多様な資本市場機能の健全な進化と見るべきであると提言している。
4|国際的な対話とエビデンスベースの政策形成を重視
GFIAは、AIRに対する政策対応は、グローバルな監督対話の中で、十分な定量分析やリスク事例の蓄積を踏まえたうえで形成されるべきと主張する。すなわち、現段階では「AIRによりシステミックリスクが具体化している」とは言えない中で、予防的に過度な規制を導入するのは適切でないという立場である。
 
以上のように、GFIAは、IAISの問題提起には一定の理解を示しつつも、対応の方向性については「制度追加よりも現行制度の柔軟な運用を通じた慎重な対応」を訴えている。

5――今後の展望と注視点

5――今後の展望と注視点

AIRは保険会社の財務における構造変化を象徴する仕組みとして、今後も注目が集まることが予想される。資本効率の観点からは魅力的である一方、その透明性・流動性・監督可能性におけるリスクは依然として残る。これらを受け、2025年下半期に発出が予定されているIAISによる最終イシューペーパーがどのようなものになるのかについては、今後も注視していきたい。

保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

植竹 康夫(うえたけ やすお)

研究領域:保険

研究・専門分野
保険計理・保険会計

経歴

【職歴】
2007年 日本生命保険相互会社入社
2024年 ニッセイ基礎研究所

【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・年金数理人

レポートについてお問い合わせ
(取材・講演依頼)