2025年5月7日、東京地裁は、ニデックが同意なしに買収(以下、本TOB)を仕掛けたことに対する牧野フライスの対応策を差し止めるよう求めた仮処分申請を却下した(以下、「本決定」)。いわゆる「買収防衛策」の差止請求事案と言えそうだが、牧野フライスによれば期間の余裕を設けるために行うものであり、買収防衛策ではないと主張している。対して、ニデックは買収防衛策に他ならないとしている。この視点は重要であり、後述する。
経緯としては、2024年12月27日、ニデックは牧野フライスに対して公開買付けの予告を行った。予告によれば、ニデックは牧野フライスを完全子会社とすることを目的とし、2025年4月4日を公開買付けの開始日、公開買付期間を31営業日、公開買付価格を11000円(牧野フライスの2024年12月26日の株価は7750円)、買付け予定数の下限を牧野フライスの総議決権数の50%、買付け予定額の上限は設定しないとしている
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これに対し、牧野フライスは独立社外取締役で構成される特別委員会を設置し、本TOBの妥当性・公正性を検討し、並行してニデックと折衝を行ってきた。特に牧野フライスは、同社及び株主が本TOBの是非を検討し、また、競合する第三者からの買収提案の交渉期間を確保するため、予告で示された2025年4月4日ではなく、5月9日に公開買付けを開始するよう求めていた。しかし両者の折り合いはつかず、2025年3月19日牧野フライスはおおむね以下の対応策を実施することを公表した。
(1) 取締役会の定める基準日における株主に対して、1株当たり1個の割合で新株予約権の無償割当てをする。新株予約権の行使により普通株式1株以下が交付されるが、その行使価格は1株当たり1円である。
(2) 未行使の新株予約権については、会社(牧野フライス)は普通株式を対価として、株主から取得することができる2。
(3) 例外事由該当者(=ニデック)に割り当てられた新株予約権については、会社は、TOBが継続中でないことおよび議決権保有割合が20%未満であることといった条件を満たさない限り普通株式に交換することのできない第2新株予約権を対価として、例外事由該当者から取得することができる。
これらの対応策については、株主意思確認総会(本TOBに関しては2024年度定時株主総会)での普通決議により承認(追認を含む)を受けるものとする。ただし、ニデックが5月9日以降に公開買付け開始日を後ろ倒しにしたときや、競合する買収提案が提出されたときには、本対応策は廃止されるものとしている。これらを要約すると、ニデックが公開買付け開始日を5月9日以降にしない限り、ニデックの持株比率は現状の半分となってしまい、かつ必要となる買付株式数が倍になってしまう
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このような対応策が合法かどうかであるが、判例として、ブルドックソースがスチールパートナーからの公開買付けに際して行った買収防衛策に関するものがある。具体的には、新株予約権をスチール以外のみが行使できるようにして交付したブルドックソースの防衛策が、株主平等原則に違反し、著しく不公正なものであるかどうかが争われた(最高裁判所決定(平成19年8月7日))
4。ブルドックソース事件では、当事案は特定の株主による経営支配権の取得に伴い,株式会社の企業価値がき損され,株主の共同の利益が害されることになるような場合であることや、株主総会の特別決議によってほとんどの株主の賛同を得て防衛策が決定されていることなどから、著しく不公正ではないとした。
ブルドックソース事件と牧野フライス事件との相違は、ブルドックソース事件ではi)株主総会の特別決議としたこと(牧野フライス事件は普通決議を予定)、ii)買収者の買収により企業価値がき損されるとしたこと(牧野フライス事件ではそのような事情は認められていない)、iii)スチールに新株予約権の価値に相当する経済価値が提供されている(牧野フライスではそのような取扱いはない)ことが挙げられる。他方、牧野フライス事件では、ア)買収を認めないとすることを企図したものではなく、ニデックの被る不利益は単に時期を一か月後ろ倒しにすることにすぎないこと、イ)期間を延ばせば株主に合理的判断を行う期間が確保されること、またウ)より好条件の競合する買収提案が期待できる。これらのことに鑑みれば、ニデックが被る不利益は限定的であると判断され、かつ買収者以外の株主の利益に反するものとも言えないため、ブルドックソース事件のような厳格な基準を適用するまでもないということが本決定で示されたと考えられる。
以上のような判断に基づき、今回の対応策は通常の買収防衛策とは異なり、買収者に対する侵害度合いが特に少ない対策と認定されたことが本決定に関する裁判所の姿勢を決めたと思われる。
なお、2025年5月9日に、ニデックから公開買付け中止の申出を受け、牧野フライスは対応策を廃止した
5。一か月を待てない理由については、ニデックからの明確な説明はされていない
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