Appleに対する再差止命令と刑事立件の可能性-アンチステアリング条項

2025年05月28日

(松澤 登) 保険会社経営

1――はじめに

スマートフォン・メーカーであるAppleの競争力の源泉は、自社が販売するiPhoneのアプリストア(App Store)において、第三者のアプリ事業者が提供する各種アプリがダウンロードできるところにある。アプリ事業者が増えるとiPhoneの利用者が増え、またiPhoneの利用者が増えるとアプリ事業者が増えるという、各種判決や調査レポートのなかで、いわゆる両面ネットワーク効果が存在するとされている。

ところでApp Storeでダウンロードしたゲームアプリや音楽アプリでは、利用者がゲームアイテムや楽曲を購入する際、アプリストア内で購入することとされており、アプリ事業者が提供するApp Store外部のサイトへ利用者を誘導することが禁じられていた。このように誘導を禁止することをアンチステアリング(anti-steering)という。また、App Store内でゲームや楽曲を利用者が購入するにあたっては、原則として購入価格の30%を手数料として、アプリ事業者がAppleに支払うものとされていた(図表1)。
このような取扱いに対して、ゲーム事業者であるEpic Games(以下、Epic)は2020年8月、Appleを被告として、カルフォルニア北部連邦地裁に連邦競争法(シャーマン法)等の違反に基づく差止命令を求めて提訴した。2021年9月同裁判所は、連邦競争法の違反は認めなかったものの、カルフォルニア州の不公正競争法(Unfair Competition Law。以下、UCL)に違反するとして、差止命令を発出した。

その後、本訴訟は控訴審で争われ、連邦最高裁の上告までなされたが、最高裁はAppleからの上告を却下し、結果として2024年1月17日に差止命令が有効となった(これら一連の判決を以下「差止命令に係る判決」と呼ぶ)。

差止命令によって、アンチステアリングの解消が求められることとなったが、後述の通り、これは形ばかりであった。そこでEpicは2024年3月13日に差止命令の執行、およびAppleを民事侮辱(civil contempt)1に問う申立てを行った。

本稿ではこの申立てに対して下された判決(カルフォルニア北部連邦地裁2025年4月30日(以下「本判決」)を解説したい。ただし、本論から外れる技術的な論点(たとえば開発者製品ライセンス契約 (DPLA)に関するもの)等については解説を省略した。

なお、アンチステアリング条項に関しては、欧州では音楽ストリーミングアプリであるSpotifyの申立てにより、欧州委員会がAppleに18億ユーロの制裁金を科した経緯がある2。さらに欧州のデジタル市場法(Digital Market Act)5条4項では、アンチステアリング条項の禁止が定められている3。また、日本においてもスマートフォン競争促進法8条でも同様にアンチステアリング条項は明確に禁止されている4
 
1 民事的裁判侮辱とも呼び、裁判所の決定した差止命令に従わないことを指す。制裁金賦課や身柄拘束などが行われることがある(18 U.S.C. § 401)。
2 基礎研レポート「EUにおけるAppleへの制裁金納付命令-音楽ストリーミングアプリに関する処分」 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=78251?site=nli 参照。
3 基礎研レポート「EUのデジタル市場法の公布・施行-Contestabilityの確保」 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=72386?site=nli 参照。
4 基礎研レポート「スマートフォン競争促進法案-日本版Digital Markets Act」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=78607?site=nli 参照。

2――当初の差止命令とAppleの対応

2――当初の差止命令とAppleの対応

1|差止命令のもととなる判示(差止命令に係る判決)
UCLは不公正競争、すなわち「違法、不公正または詐欺的な事業行為または慣習」を禁止している。カルフォルニア北部連邦地裁(以下、「地裁」)は以下のように判示してAppleの行為は「不公正な慣行」に該当するとしてUCLに違反すると認定した。

(1) (Appleの行為は)いかなる規範的尺度のもとでも反競争的効果と過剰な営業利益率を示していた。このことはアプリ事業者のイノベーションを妨げ、コストを引き上げた。

(2) Appleは、アプリ事業者に対して、既存ユーザーに対する有効な手段である「プッシュ通知」と「電子メールによるアウトリーチ」のいずれも認めていない。

(3) アプリ内購入以外のオプションに誘導するボタン、外部リンク、あるいは電子メールにより購入を誘導することをアプリ事業者に禁止しており、App Storeで30%の手数料がかかること、App Store以外で安く購入できることを利用者に知らせることができない。

(4) 利用者が支払うコストを誰が負担するのかを利用者が知ることができないことは、ユーザーのロックイン(囲い込み)効果を生み、反競争的搾取を生み出す可能性がある。

(5) 被告の行為の有用性と被害者の損害の重大性を比較検討すると、消費者が選択肢を知る機会がない。一方、Appleは権利を主張するものの、行動の正当性を提示できていない。
2|差止命令の内容
地裁はAppleの行為は初期の反トラスト法違反の状態にあるとの判断を行ったた。これを受け、Appleは第9巡回控訴裁判所(以下「高裁」)へ控訴したが、高裁も地裁の判決に同意した。そして高裁はAppleの行為から利用者(UCL上は消費者(consumers))を保護するためにUCLのもとで利用可能な救済の主要な形態は差止命令であるとした。利用者に選択肢の情報が隠蔽されている状況は金銭的損害賠償では容易には修復できない。損害は発生・継続しており、違反条項を無効にすることによって最もよく修復できるとする。

高裁はモバイルゲームに限らず、すべてのアプリについて差止命令を発出することとした。すなわち、Appleに対して以下を永久に禁止するとした。
 

アプリ事業者が (i) アプリ内購入に加えて、顧客を購入メカニズムに誘導するボタン、外部リンク、またはその他の行動喚起をアプリ内に含めること、および (ii) アプリ内のアカウント登録を通じて顧客から自発的に取得した連絡先を通じて顧客と通信することを禁止すること。

3|Appleの遵守通知
その後、訴訟は最終的には連邦最高裁(以下「最高裁」)まで上告された。最高裁はAppleからの上告を2024年1月16日に却下し、高裁のAppleに対する差止命令が2024年1月17日に発効した。

Appleは2024年1月16日に、差止命令を表面上(詳細後述)受入れることとし、以下の内容の差止命令遵守通知を提出した(図表2)。
具体的には以下の通りである。

(1) App Store外に誘導された結果の購入(以下、「リンクアウト購入」)に対して、App Store内購入の30%よりもわずかに低い27%をアプリ事業者に手数料とする新しいポリシーを制定した。

(2) 顧客とのコミュニケーションの方法に関するさまざまな制限を課す。これは、他の方法で許可されているものよりも明らかにユーザーフレンドリーではなかった。

(3) ビデオパートナープログラムやニュースパートナープログラムなど、コミッションの割引を提供する他のプログラムへ参加することを除外した。
4|Epicによる差止命令の執行と証拠尋問の申立
2024年3月13日、Epicは差止命令を執行し、Appleを民事侮辱(civil contempt)に問う申立てを地裁に対して行った。そして、2024年4月23日、地裁は2024年5月8日から始まる証拠審問を設定した。証人尋問に引き続き、2024年9月30日までに地裁は証拠書類提出を求めた。ところがAppleは遅延戦術を取り、文書の3分の1について特権(弁護士とのやり取りの文書は開示請求から免除される)を主張した。

地裁はEpicの指摘した11の典型的文書を精査したところ、この特権の主張は根拠がないとした。結果、Appleは特権を主張した文書の42%を取り下げた。結果、2025年2月24日に審理が再開されることとなった。
5|コメント
ここでは本判決に至るまでの経緯が記されている。まず、差止命令に係る判決(地裁)はアプリ内購入にあたって徴収していた30%の手数料については反競争的な価格が設定され、過剰な営業利益を得ていたとした。そして、このことがUCLにおける「不公正な慣行である」と判断した。このような不公正な慣行を是正するためには、金銭賠償ではなく、差止命令が妥当であるとして、リンクアウト購入を可能にすべきこととされた。

ここで留意すべきは差止命令の文言である。すなわち「顧客を購入メカニズムに誘導するボタン、外部リンク、またはその他の行動喚起をアプリ内に含めること」という文言である。本訴訟の主な論点としては、Appleのリンクアウト購入を認めるポリシー(以下で述べる「外部リンク資格制度」)が差止命令に反するかどうかというものであった。

後述の通り、Appleはこの文言に反しないように最大限の拘束をアプリ事業者にかけることで、自社の収益に影響が出ないように試みた。しかし、結果を先取りしていえば、この試みは結果として失敗することになる。

保険研究部   取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登(まつざわ のぼる)

研究領域:保険

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴

【職歴】
 1985年 日本生命保険相互会社入社
 2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
 2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
 2018年4月 取締役保険研究部研究理事
 2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
 2025年4月より現職

【加入団体等】
 東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
 東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
 大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
 金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
 日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

【著書】
 『はじめて学ぶ少額短期保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2024年02月

 『Q&Aで読み解く保険業法』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2022年07月

 『はじめて学ぶ生命保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2021年05月

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