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家計はなぜ破綻するのか-金融経済・人間行動・社会構造から読み解くリスクと対策

2025年05月13日

(福本 勇樹) 金利・債券

2――家計破綻リスクを読み解くための金融論的アプローチ

1過去の研究成果:国内外の研究の紹介
家計破綻リスクの分析には、これまで欧米を中心とした学術的・実証的研究の蓄積がある。代表的なものとして、Gross & Souleles (2002)2は米国の消費者信用市場を対象に、個人破産や延滞行動の決定要因をパネルデータで分析し、所得や資産・負債水準、金利環境、失業や健康ショックといった要因が家計破綻リスクに大きく影響することを示した。また、Lusardi & Mitchell(2014)3は世界規模で金融リテラシーと家計行動を調査し、金融知識や計画性の高さが債務管理能力や破綻回避につながることを実証している。

家計破綻のリスク評価については、企業倒産分析に端を発するマートン型資産価値モデルや信用スコアリングが、家計分野にも応用されてきた。これらの理論は、家計の資産(金融資産・実物資産・人的資本)の現在価値と負債残高の関係から、「資産が負債を下回る」「将来フローで返済が不可能」といった閾値をもとに、破綻リスクを定量的に評価する枠組みを提供している。また、伝統的な分析はフロー(収入-支出)の赤字継続や、クレジットスコアによる確率的なリスク評価に依拠してきたが、近年はストック(資産-負債)の観点も加わり、より厳密なリスク分析が進んでいる。

一方で、既存研究にはいくつかの課題も指摘されている。第一に、家計のバランスシート構造、特に人的資本や親族支援など「見えにくい資産」の評価が十分ではない。第二に、金融リテラシーや行動経済学的要因が破綻リスクに与える影響が、標準的な信用モデルに十分反映されていない。第三に、資産・負債・所得の格差や社会構造的な排除・包摂の問題が、実証研究において十分に接続されてこなかった点も挙げられる。

本稿では、これらの先行研究の成果と課題をふまえ、家計のバランスシート理論を基礎に、ストック脆弱性(資産・負債構成のアンバランス)、フロー脆弱性(収入-支出の赤字継続)、人的資本バッファ(将来の稼得力・再挑戦力)、社会的資本バッファ(親族・公的支援等)といった複数の観点から破綻リスクを多面的に評価する分析枠組みについて検討する。さらに、金融リテラシーや行動経済学的な「バイアス」といった、家計の意思決定やリスク管理に関わる要素も含めることで、家計が直面するリスクの本質と多様性をより実態に即して捉えることを目指す。

なお、家計破綻リスクの低減策に関しては、人的資本の向上や資産形成、収入と支出のバランス維持、金融リテラシー向上やナッジ的な行動介入、公的セーフティネットの活用など、国内外の研究で有効性が示されている。ただし、教育・就労機会や健康状態などの違いから、すべての家計が等しくバッファを高められるわけではなく、家計間の経済的格差や社会的背景の影響も無視できない。こうした包摂的な政策的課題や、非合理的な意思決定を前提とした現実的なサポート体制の必要性についても、改めて後述することにする。
 
2 Gross, David B., and Nicholas S. Souleles. "An empirical analysis of personal bankruptcy and delinquency." The Review of Financial Studies 15.1 (2002): 319-347.
3 Lusardi, Annamaria, and Olivia S. Mitchell. "The economic importance of financial literacy: Theory and evidence." American Economic Journal: Journal of Economic Literature 52.1 (2014): 5-44.
2家計のバランスシート理論
家計の健全性や破綻リスクを金融論から評価する際、有力な枠組みとなるのが「バランスシート理論」である。本来は企業財務で倒産リスクや健全性を定量的に評価するために発展した手法だが、資産・負債・純資産を総合的に捉えるという観点は、家計にも十分応用できる。

家計のバランスシートでは、まず資産サイドとして「人的資本(将来収入の現在価値)」が最も大きなウェイトを占める。加えて、金融資産(預貯金・株式・投資信託等)、実物資産(住宅・車などの不動産や耐久消費財)などが並ぶ。一方で負債サイドには、住宅ローンや自動車ローン、消費者ローン、クレジットカード債務、奨学金(貸与型)等が計上される。また、将来必要となる支出(教育費・医療介護費・生活費など)の見積もりや現在価値も、長期的な観点では負債として意識する必要がある。
資産合計から負債合計を引いた純資産が厚いほど、家計の経済的なバッファ(耐性)は強く、逆に薄ければリスクに弱い。ここで重要なのは、単に金額の大小だけでなく、資産と負債それぞれの「質」や「流動性」「利回り」「変動リスク」を総合的に捉えることである。

例えば、住宅や土地などの資産は評価額が大きくても、急な資金繰りには活用しにくい。一方、現預金や短期金融商品は流動性が高く、突発的な出費や収入減少に柔軟に対応できる。つまり、「流動性バッファ」の確保が、家計のショック耐性には不可欠となる。

また、資産運用の利回りと負債コスト(借入金利)の比較も重要な観点である。例えば、住宅ローン金利よりも運用資産の期待利回りが高ければ、ローンを活用した資産形成戦略も合理的である。しかし、金利上昇や資産価格の下落により「逆ざや(負債コスト>資産利回り)」になると、返済負担が家計を圧迫し、純資産が減少して破綻リスクが高まる。また、資産価格が変動するリスク(特に有価証券や実物資産の場合)や、流動性リスク(「資産の現金化が困難になるリスク」や「想定よりも低い価格で現金化されてしまうリスク」)も考慮する必要がある。

家計のライフステージによってバランスシート構造は大きく変化する。退職まで時間がある20代や30代の資産において人的資本の占める割合が大きく、その信用力(=人的資本の大きさ)を背景に住宅ローン等の負債を積極的に活用しやすい。一方、退職後は人的資本が小さくなり、基本的には金融資産や実物資産の取り崩しが家計維持の中心となる。人的資本は現金化できないため、負債の活用とはすなわち「間接的に人的資本を前借り」している状態を意味している。一方で、退職後には人的資本の前借りを見合いに負債の規模を拡大するのが難しくなり、資産取り崩しがメインとなるため、退職までに金融資産や実物資産でバッファをいかに形成しておくかが重要になる。

さらに、家計には「外部バッファ」として、親族からの経済的サポートや資産承継(相続・贈与など)、社会保障(年金や医療・介護保険、公的給付金など)といった要素が加わる場合がある。外部バッファは家計単独では把握しきれない部分も多いが、特に親族サポートの有無は家計のリスク耐性を左右する。一方で、その確実性や規模はケースバイケースであり、基本的には「自助努力による資産形成・負債管理」が原則である点には留意が必要だと思われる。

バランスシート理論を家計管理に実践的に活用することで、家計の健全性やリスク耐性を客観的に把握しやすくなる。純資産と流動性バッファを厚く保つこと、人的資本の活用と老後への備え、資産利回りと負債コストのバランス管理、外部バッファの有無も見極めることが、家計破綻リスクの低減につながる。今後、家計管理や政策設計の羅針盤として、動態的なバランスシート管理の重要性は一層高まるだろう。
 
4 Rudd, Andrew, and Laurence B. Siegel. "Using an economic balance sheet for financial planning." The Journal of Wealth Management 16.2 (2013): 15.
3日本における金融リテラシーの状況と金融教育の効果
家計の健全性や破綻リスクを論じる際、金融リテラシーの水準はきわめて重要な要素となる。金融リテラシーとは、収入・支出・貯蓄・投資・借入・リスク管理など、生活と経済活動のあらゆる局面で必要となる金融知識と、それを日常で使いこなす実践力を指す。金融リテラシーが高いほど、家計の管理やリスク回避が合理的に可能になり、破綻リスクを下げることができる。

日本における金融リテラシーの現状は、金融広報中央委員会「金融リテラシー調査」によって定期的に把握されてきた。日本国内の傾向として、年齢が高いほど、収入・金融資産が多いほど、金融経済に関する情報に触れる機会が多いほど、金融リテラシーの水準が高い。一方で、特に金融教育を受けたことのない学生や金融知識への接点が少ない層での正答率の低さが目立っている。また、消費者ローン借用者や金融トラブル経験者は各世代別の正答率と比べてやや低い傾向を示している。

近年はキャッシュレス決済、BNPLやリボ払いなどの金融サービスの普及が進んでいる。これらのサービスは利便性が高く、手軽に利用できるが、現金決済と比べて決済の仕組みや手数料・金利の構造が分かりにくい側面があり、支出や債務の「見えにくさ」が家計管理の難易度を高めている点を指摘できる。金融リテラシーの低い層では、こうしたサービスを使いこなせず、返済能力を超えた債務を抱えてしまうリスクが高い可能性がある。

また、オンラインバンキングや家計簿アプリの普及で、収支や資産を「見える化」するためのツールも増えている。これらのツールを活用し、自ら家計を点検する行動を習慣化できる層は、破綻リスクを減らしている一方、ツールを使いこなせない層や、知識不足から利用を避ける層ではリスクが放置されやすい。デジタルリテラシーの格差が、金融リテラシー格差に直結する状況となっている。

こうした背景を踏まえ、政府や民間も金融教育の強化に力を入れている。2022年度からは高等学校家庭科で資産形成教育が必修化され、金融経済教育推進機構などによる教材・研修の拡充も進んでいる。ただし、教員の知識や実践経験の不足、家庭や社会全体での教育機会の偏在など、課題も指摘されている。

多くの国内外研究では、金融リテラシーが高いほど計画的な貯蓄や分散投資、適切な債務管理を行う割合が高いことが明らかになっている。逆にリテラシーが低い層では、無計画な消費や衝動的な借入、詐欺・金融トラブルへの脆弱性が顕著になる。

現代社会における家計破綻リスクの管理には、伝統的な金融知識だけでなく、デジタル金融環境に適応したリテラシーの向上が不可欠である。家計管理アプリや自動積立貯蓄・投資の仕組みなど新たなツールの活用を促進し、学校・職場・地域社会・家庭が一体となった継続的な金融教育と啓発が必要とされている。こうした金融リテラシーの底上げが、個々の家計の破綻リスクを抑制し、社会全体の経済安定にもつながるだろう。
4行動ファイナンスによる知見
家計破綻リスクを分析するうえでは、伝統的な「合理的経済人」モデルだけでなく、人間の意思決定の非合理性や心理的バイアスを扱う行動ファイナンスの視点が不可欠である。行動ファイナンスは、経済学・心理学・脳科学を横断する学際的な分野であり、人々がなぜ経済的に不適切な意思決定を繰り返してしまうのか、その背後にあるメカニズムの解明を目指してきた。

家計の消費・借入・貯蓄行動においても、こうした心理的バイアスが破綻リスクを高める要因となり得る。金融広報中央委員会(2012) 5では、「意思決定に複雑な情報処理を伴う」「リスクや不確実性を含む」「将来と現在の利益がトレードオフとなる」「金銭的報酬が期待される」といった条件がそろうと、行動バイアスが生じやすいと指摘している。以下に、主要なバイアスを整理する。
 
5 「行動経済学の金融教育への応用の重要性」(金融広報中央委員会:日本銀行情報サービス局内、2012年)
【現状維持バイアス】
人は現状の生活水準や支出習慣を維持しようとする傾向があり、家計状況が悪化しても生活水準を下げる判断を回避しがちである。その結果、収入減少や資産価格の下落、負債の拡大に対して適時の対応が取れず、資金繰りの悪化が深刻化する。
 
【自己過信バイアス/リスクの過小評価】
自分の返済能力や将来の収入可能性を過大評価し、将来的な金利上昇や想定外の支出リスクを過小評価してしまう。特にクレジットカードやリボ払い、BNPLなどの利用において、将来的な返済負担を軽視し、多重債務化を引き起こす。
 
【フレーミング効果/メンタルアカウンティング】
同じ金額でも、用途によって心理的な重みづけが変わるため、臨時収入やボーナスなどがあると無計画な消費に走りやすくなる。これにより、資産形成の機会が損なわれる。
 
【即時満足志向/FOMO】
将来の利益よりも、目先の満足や社会的同調を優先する傾向が強く、衝動的な支出が優先される。SNSや広告による「限定性」や「流行」に弱く、資金管理が難しくなる。
 
【現在バイアス/将来悲観バイアス】
特に重要なのは、将来に対して悲観的な見通しを持つ場合に生じる「現在バイアス」の強化である。実証研究では、将来の所得や社会保障制度への不信感が強いと、人々は「どうせ将来は報われない」と考え、計画的な貯蓄や資産形成をあきらめ、消費を先行させる傾向があることが報告されている。いわば「将来に期待しないことによる、現在への過剰な重みづけ」が、フロー赤字と資産バッファ欠如の悪循環を助長する構造を生んでいる。
 
こうした行動バイアスは、デジタル消費環境の進展によってさらに強化されている。キャッシュレス決済やアプリ課金、後払い決済などにより、支出の「痛み」が心理的に感じにくくなり、リスク認知の鈍化や債務膨張につながる傾向がある。金融リテラシーの低い層では特にその傾向が強まるとみられる。

行動ファイナンスの知見は、「家計破綻は自己責任」とする見方に対する重要な補正の役割を果たすことになる。金融教育が一定の抑止効果を持つことは確認されているが、心理的バイアスや社会的環境の影響に抗うには限界もある。現実的な対処としては、家計簿アプリによる可視化、自動積立・通知機能による仕組み化(ナッジ)、金融サービス設計の改善など、行動設計を前提とした支援が不可欠となる。

今後の家計リスク対策では、教育と制度設計の双方が必要である。バイアスを「直す」のではなく、「避けられるように仕組む」という視点から、金融商品や社会制度の設計を見直すことが、持続的なリスク管理につながる。人間の非合理性を前提としたサポート体制の強化こそが、行動ファイナンス的アプローチの実践的課題である。

金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹(ふくもと ゆうき)

研究領域:

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴

【職歴】
 2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
 2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
 2021年7月より現職

【加入団体等】
 ・日本証券アナリスト協会検定会員
 ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
 ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

【著書】
 成城大学経済研究所 研究報告No.88
 『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
  著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
  出版社:成城大学経済研究所
  発行年月:2020年02月

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