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所得階層別にみた食料品価格の高騰の影響-賃金を考慮した価格水準からの検討

2025年05月08日

(小巻 泰之)

4――食料品における必需的消費への物価高の影響

1食料品購入の状況
家計調査では、それぞれの消費支出の品目ごとに支出弾性値、購入頻度について利用可能である(図表11)。支出弾性値とは、消費支出総額が1%変化する時に各財・サービスが何%変化するかを算出したものである。家計調査では、支出弾力性が1.00未満の支出項目は基礎的支出(必需品的なもの)、1.00以上の支出項目は選択的支出(贅沢品的なもの)と分類されている。食料品は0.62のため基礎的支出に分類される。その中でも、特に、米、乾物・海藻、生鮮野菜、卵、油脂、牛乳は支出弾力性が低く、基礎的支出の要素がかなり高い。
支出ウエイトをみると、米についてはどの所得階層も同じ程度のウエイトであるものの、乾物・海藻、生鮮野菜、卵、油脂、牛乳のウエイトは所得が低い階層ほど高くなっている。他方、一般外食は、食料品に含まれる品目の中で1を超える選択的な支出であると同時に、消費支出に占めるウエイトは第5分位23.3と第1分位の2.5倍となっている。このことから、所得が低い階層ほど自宅での食事が中心となり、主食的な品目だけでなく主菜・副菜的な品目のウエイトが高くなっていることがうかがえる。

購入頻度(月間購入回数)については、全ての所得階層で、生鮮野菜30回を超え、ほぼ毎日の購入となっている。卵は3.6~4.1回と毎週購入している状況であり、これら品目の価格高騰は所得の低い階層ほど影響が大きいことがうかがえる。米は1.5カ月で1回の購入であるものの、消費ウエイトは単体としては大きく、急激な価格上昇により物価全般への見方に影響を与えていると考える。
2米と生鮮野菜の高騰の影響
今般の物価高についてメディアにて取り上げられるのが、米とキャベツや白菜などの生鮮野菜の価格高騰である。ここでは所得階層ごとに、2025年年間で価格高騰前と比較して、どの程度のコスト負担となるのかを試算する。

米の消費量は消費支出金額と5㎏当たりの価格から逆算して、月間4㎏前後であることがわかる。仮に、2024年と同量の米を消費するとして、2025年1~3月時点の米の価格平均(4,409円)が1年間続くと考えると、第1分位13,395円、第5分位13,793円の追加的に支出する必要がある(図表12)。米の消費支出は減少傾向にあるとはいえ、所得の低い階層での消費比率は比較的に高くなっている。こうした点で、米の価格高騰の影響はより大きいとみられる。

生鮮野菜についても米と同様に推計する。ただし、生鮮食品7は種類も多いことから、各所得階層の購入金額をウエイトとして加重平均する。2025年3月時点の生鮮野菜の価格が1年間続くと考えると、第1分位3,918円、第5分位4,697円の追加的な支出が必要となる。

この結果、米と生鮮野菜だけの物価高の影響をみても、第1分位17,314円、第5分位18,490円の追加的支出が必要である。第1分位では2023年以降、食料品価格の高騰を背景に、年70,000円程度の食費が増加している。
 
7 ここでは、キャベツ。ほうれんそう、はくさい、ねぎ、レタス、ブロッコリー、もやし、さつまいも、じゃがいも、さといも、だいこん、にんじん、ごぼう、たまねぎ、れんこん、さやまめ、かぼちゃ、きゅうり、なす、トマト、ピーマンの加重平均値を用いる。

5――まとめ

5――まとめ

物価高の家計の影響については、所得の低い階層へのコスト負担が大きくなっていることを定量的に把握可能である。所得比価格データで示すことにより、所得の比較階層は、一般労働者で500人以上事業所の労働者と比べ、零細企業に該当する5-29人規模の労働者は1.5倍程度の食費に所得を回す必要があり、その分食品以外への支出を抑制させる必要があることから余裕度は低いとみられる。この傾向は、パートタイム労働者間の比較でもほぼ同じである。特に、米と生鮮野菜だけの物価高の影響をみても、第1分位17,314円、第5分位18,490円の追加的支出が必要である。食料品価格の高騰を背景に、2022年時点の食料品への支出を基準にすると、2023~2024年の2年間で第1分位では70,000円程度の増加がみられた。第4章2節での試算は一般労働者(5-29人規模)であるが、パートタイム労働者についてはさらに大きくなることが容易に推察できる。また、さらに、図表1及び2でみたように、物価自体の地域間でばらつきが確認できる。このように、家計が直面する物価高の影響は個別性が高いと考えられる。
 
こうした状況は感覚的にも理解しやすい。しかしながら、データ(証拠)に基づく政策判断を行うにも、所得階層ごとの影響度をもとにした判断ができず、全世帯(全国)を対象とする施策(一律の給付金や消費減税)の適否が議論させるにとどまっているのが現状である。もちろん、給付金施策では、所得水準などによる線引きが議論されるものの、その線引きほど難しいものはない。特に、施策の対象か否かの境界線付近の世帯にとっては所得の1円の違いで大きな差が生じてしまう。まして、家族構成など、家計の属性について考慮することは難しい。
 
このような個別性の高い家計への対応では、政府が線引きするのではなく、消費者の自己申告制で解決を図る方法も考えられる。イギリスでは新型コロナ感染症拡大時に種々の給付金が実施された。その際の方法が参考になるのではなかろうか。現地の方へのヒアリングによれば、イギリスでは英歳入税関庁(HMRC)から該当者に対して、給付金の申請を促すメールが送付される。そのメールにしたがって、オンラインで各自が申請する方式である。日本のように給付金の配布で国と地方自治体との間をとりもつ組織もない。

たとえば、自営業(self employed)の場合、

(1) 事前のネットでの説明会に各自で参加、参加しなくとも、申請できる。
(2) メールで指定されたウェブサイトにアクセス。その際、自分のアカウントが必要となる。
(3) 申請者の所得環境に関する質問を回答する。証拠書類の提出は求められない。
(4) 振込に関する情報を入力

の手続きが必要とされる。これで6~10日程度振込されるとのことである。現地滞在の日本人であっても、全くの差異はなく、現地の方々と同様の取り扱いで、当時の苦境から脱却できたとのことであった。このような自己申告的な方法は、個別の家計属性に応じた対応が可能となるのではなかろうか。個々の実情に対応可能な経済対策の実施も検討すべき時期にきていると考える。

参考文献

[1].BBC(2023)"Why is there a shortage of tomatoes and other fruit and vegetables in the UK?",2023,2,24.
[2].野口悠紀雄(2025)「物価高で押しつぶされる「無職世帯」、日銀金融緩和政策の"看過できないマイナス"」、DIAMOND online、2025年1月23日.
[3].農林水産省(2005)「食事バランスガイドとは」,2005年
https://www.maff.go.jp/j/balance_guide/b_sizai/pdf/blans_p6_11.pdf
[4].総務省(2006)「指数の性格」,『平成17年基準消費者物価指数の解説』、pp.1
https://www.stat.go.jp/data/cpi/2005/kaisetsu/10.html
[5]. 総務省(2011)「指数の性格」、『平成22年基準消費者物価指数の解説』、pp.1
https://www.stat.go.jp/data/cpi/2010/kaisetsu/index.html
[6].鈴木雄大(2014)「現行CPIの性格規定-価格変動尺度と生計費変動尺度の観点から-」,立教経済学研究,巻68号1,pp.113‐136.,2014年7月.
[7].鈴木雄大(2018)『消費者物価指数の課題と方法-物価変動・生計費変動とその利用-』,創成社,2018年2月.
[8].梅田雅信(2009),「日本の消費者物価指数の諸特性と金融政策運営」、内閣府経済社会総合研究所企画・監修,吉川洋編『デフレ経済と金融政策』第10章に所収,慶応義塾大学出版会,pp.295‐344.,2009年11月.
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