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所得階層別にみた食料品価格の高騰の影響-賃金を考慮した価格水準からの検討

2025年05月08日

(小巻 泰之)

2|生計費指数(Living Cost Index)と消費者物価指数
(1)生計費指数について
消費者物価の計測については、(1)一定の効用水準を達成するための最小の費用として定義される生計費指数(Cost of Living Index、 COLI)を計測すべきか、(2)固定ウエイトでの財貨・サービスの価格指数(Cost of Goods Index、COGI)を測定するのか、という2つの考え方がある。

梅田(2009)で指摘されているように、「消費者物価指数は全国の世帯が購入する家計に係る財及びサービスの価格等を総合した物価の変動を時系列的に測定するものである。すなわち、消費者物価指数は、家計の消費構造を一定のものに固定し、これに要する費用が物価の変動によってどう変化するかを指数値で示したものである。したがって、消費者が購入する財とサービスの種類、品質及び購入数量の変化を伴った生計費の変化を測定するものではない」(総務省、2006,2011)と、日本のCPIはCOGIといえる2

また,梅田(2009)によれば、G7諸国において消費者物価指数の測定の目的をCOLIとしているのは米国のみとされている。米国については、CPIのQ&Aにおいて、現行のCPIは消費者の幸福に影響を与える要因(政府または環境要因の変化)などを取り入れているわけではなく、「CPIは生活費に影響を与えるすべての要因を定量化しようとはしないため、条件付き生活費指数と呼ばれる(Since the CPI does not attempt to quantify all the factors that affect the cost-of-living, it is sometimes termed a conditional cost-of-living index.)」と説明されている。
 
2 CPIの指数の性格について2017年基準,2010年基準までは「消費者物価指数の概要」に記載されていたが、2015年基準からは「消費者物価指数に関する決議-第17回国際労働統計家会議採択(2003年)で規定された指数を作成しているとの考えによる」として,記載が削除されている。しかし,消費者物価指数に関するQ&Aにおける「A-1 消費者物価指数とはどのようなものですか。」の中に同様の記載が確認できる。
(2)生計費指数の要件
生計費の定義については、これまでの経緯を含めて、鈴木(2014、2018)に詳しく整理されている。鈴木(2014)は、CPIについて「生計費変動尺度的性格」と「価格変動尺度的性格」の双方を併せ持ち、日本のCPIは「価格変動尺度的性格」を有していると指摘している。「生計費変動尺度的性格」を有するCPIについては、「指数の対象範囲」、「ウエイト」の観点から、

(1) 計測対象:特定の階層に限定
(2) 消費支出のウエイト:固定ウエイトではない、消費者の代替行動を認める加重平均であること

の2点から定義付けしている。
 
生計費指数については、NUMBEO3において、生活費だけでなく、気候、通勤時間、犯罪、汚染度合など、生活面での種々のデータにより、世界各国の状況を示している。また、食料品については、栄養学に基づいた「一人当たりの食事の一日の推奨最低金額」を示し、これも世界各国と比較可能となっている。NUMBEOでは、利用者がそれぞれの当該地域の消費財の価格を入力できる仕組みを用いており、それにより価格データの追加を行っている。

こうした点において、NUMBEOにおける価格は、消費財の個々の品目は品質が一定ではなく、その時点で購入された価格をもとに反映したものであり、現行のCPIとは大きく異なる。
 
3 NUMBEOとは世界最大の生活費データベースであり一部のデータは有料なものの、多くは無料での利用が可能となっている。250428発行(250421-250427)
(3)特定の階層への影響
鈴木(2018)で指摘されているように、現行のCPIは全消費者平均の小売価格の価格変動を示している。しかし、家計に対するそもそもの小売価格の価格水準に関する高低を評価はできない。また、所得階層別のCPIが公表されているが、これは基準時点での所得階層別の消費支出のウエイトをもとに再構成したものであり、今般の物価高について所得階層における消費への負担等の影響を明確に示せているかはわからない。

2024年の食料品価格の状況を所得階層別に確認する(図表5)。CPIの世帯年間収入五分位階級別にみると、主食4に相当する穀類の上昇幅は、第1分位8.7%に対して第5分位は7.7%と1.0%高くなっており、所得が低い階層ほど、物価高の影響が高いことがうかがえる。他方、家計調査の所得階層別の消費金額でみると、穀類への支出は第1分位と比較して第5分位は20%程度消費金額が多いものの、消費金額全体が第5分位の方が大きいことから、穀類の消費ウエイトが第1分位9.5%に対して第5分位7.3%と第1分位の方が2.3%大きくなり、第5分位の方が穀物価格の高騰の影響が小さくなっていることがわかる。
しかし、穀類の内訳をみると、所得階層により購入する内容が異なっている。所得階層の高低に関わらず、主食的な食品である穀類への支出は、所得階層で第1分位は第5分位にくらべ20%程度小さいものの、コメ、食パン、生うどん・そば等の日常的に消費する穀類への支出には所得上の格差はない。格差を広げているのは、他のパン(いわゆるペイストリー等を含む)やパスタ等、価格単価が比較的高い主食関連食材であり、このことが第1分位と第5分位との格差を拡大させている。

特に、近年高騰が著しいコメの価格は、5㎏あたり4,500円を超える水準(総務省、小売物価統計調査、2025年3月)にある。家計調査における所得階層別のコメの消費金額は第1分位で27,113円、第5分位で27,918円とほぼ同額である。こうした状況を所得階層別に数値で明らかにするにすることが求められると考える。
 
4 主食とは、農林水産省(2005)において「炭水化物等に供給源であるごはん、パン、麺・パスタなどを主材料とする料理」とされており、家計調査や消費者物価指数における「穀類」が該当する。

3――所得比でみる食料品価格高騰の影響

3――所得比でみる食料品価格高騰の影響

ここでは、鈴木(2014、2018)で指摘されている「生計費変動尺度的性格」を考慮して、「所得比小売価格データ」を作成し、所得階層別に物価高の影響を確認する。
1データ
食料品の小売価格は総務省「小売物価統計調査(動向編)」を用いる。調査品目と基本銘柄は適宜変更されていることから、2024年を基準に価格水準を調整している。

所得については、厚生労働省「毎月勤労統計」5より、一般労働者(Full-time employee)、パートタイム労働者(Part-time employee)の別に、調査産業計(Industries covered)の現金給与総額の実額を用いる。さらに、事業所規模(Size of establishments)別に、5-29人規模、30-99人規模、100-499人規模、500人以上規模、5人以上規模、30人以上規模の数値を用いる。所得については、生計費の観点からは可処分所得で評価することが適切である。ここでは、一般労働者については家計調査の「年間収入五分位階級別1世帯当たり1か月間の収入と支出」における実収入と可処分所得の比率を各年で用いて、現金給与総額から可処分所得を算出する。パートタイム労働者については、年間収入で200万円未満となる場合が多いことから、所得税については課税される所得金額でみて、1,000~1,949,000円までの税率5%(控除額0円)を用いている6。また、社会保険料についてはパートタイム労働者の場合、必ずしも加入していないことがあることから、ここでは考慮していない。

消費支出のウエイトについては、総務省「家計調査」の全国・二人以上の世帯における年間収入五分位階級(金額)の数値を用いる。2024年時点の年間収入五分位境界値でみれば、年間収入の第1分位で336万円未満、第5分位で885万円以上が該当すると考える。消費支出ウエイトは固定されず、毎年の数値で可変的に用いる。
 
5 家計の所得データは、厚生労働省「毎月勤労統計」及び総務省「家計調査」から入手可能である。家計調査の所得では、全ての世帯員の収入を合算した1世帯当たりの平均収入を表すものとなっている。また、常用労働者以外も含み、労働者ベースでの所得の変動が把握できないことから、本論では毎月勤労統計調査(厚生労働省)の「現金給与総額」を用いる。
6 可処分所得の算出では家族構成も影響する。パートタイム労働者については、単身世帯(家族なし)として計算している。
2所得比価格データによる食料品価格の状況
(1)所得価格データとCPIの時系列での比較
所得比価格データとCPIについて、食料品の価格変化率を時系列で比較する。ここでは、CPIは勤労者世帯年間収入五分位階級別中分類指数の第一分位の食料、所得比価格データは5-29人規模の一般労働者とパートタイム労働者を用いる。CPIは2008年頃(リーマンショック)、2014年頃(消費税率引き上げ)及び2022年以降、ゼロ近傍から大きく上昇している。所得比価格データでは2020年頃まではほぼゼロ近傍の動きであり、その後は大きく上昇している。その中でも2007年頃、2012年頃に上昇が確認できる(図表6)。
このような動きに違いが生じた時期の状況を新聞記事の検索数から確認する。ここでは日経テレコンにより、検索キーワードは「物価高,生活,悪化」、「物価高,食料」、「物価高,賃金」の3例とした。それぞれの動きを見ると、CPIあるいは所得比価格データの上昇期には検索数の増加が確認できる(図表7)、特に、CPIが上昇していない時期に所得比価格データが上昇している2007年頃や2012年頃には「物価高、食料」、「物価高、賃金」の検索数が増加していることが確認できる。また、新型コロナ感染症の拡大初期からパートタイム労働者の数値は上昇基調にあり、新聞検索数も一気に増加している。このように、CPIの動きより、家計の実質的な支出環境を表現している可能性を示している。
(2)食料品に対する物価水準指数での確認
所得比価格データについて、所得階層別に物価水準指数で示すことにより、所得階層間での影響度を定量的に確認することが可能となると考える。

ここでは、5人以上規模を基準に30人以上規模の比較と、500人以上規模を基準に5-29人規模、30-99人規模、100-499人規模での労働者における食料品の所得比価格データの比較を行っている。一般労働者については、現金給与総額でみると、500人以上規模の労働者にくらべ、零細企業に該当する5-29人規模の労働者は1.5倍程度の食費に所得を回す必要があり、その結果、食品以外への支出を抑制させる必要があることから余裕度は低いとみられる(図表8)。
可処分所得ベースでみると、格差は1.4倍程度と低下するものの、依然として格差は大きい。ただし、2000年からでみると、リーマンショック前で1.52倍程度の格差は縮小傾向にあり、企業規模の小さいところでの賃上げが進んでいることがうかがえる(図表9)。
一般労働者と大きく異なるのはパートタイム労働者である。500人以上規模の労働者に比べ、5-29人規模の労働者は1.5倍を超える負担が必要となっている。特に、その格差が年々上昇している状況にあり、小規模な企業に勤めるパートタイム労働者については、物価高での負担がかなり大きなものとなっていることがうかがえる。
(一般労働者とパートタイム労働者との格差)
一般労働者とパートタイム労働者では所得の格差はもともと大きい。5人以上規模でみて、近年はやや低下したとはいえ4.0倍程度(可処分所得ベース3.5倍程度)の所得上の大きな格差がある。所得比価格データをもとに、各所得階層の食料品の支出ウエイトで試算すると、4.2倍程度(可処分所得ベース3.7倍程度)と、所得の格差以上に乖離が大きくなっていることがうかがえる(図表10)。こうした状況となるのは、生活上必需とされる食料品への消費支出は、所得水準に関わらず、一定水準の支出が必要だからと考えられる。
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