金融セクターにおけるリスクと脆弱性(欧州 2025春)-ESAの合同報告書より。地政学的リスクとサイバーリスクに重点。

2025年04月18日

(安井 義浩) 保険計理

1――はじめに

2025年3月31日、欧州銀行監督機構(EBA)、欧州保険・企業年金監督機構(EIOPA)、欧州証券市場監督機構(ESMA)の3つの欧州監督当局(ESA)が合同で、EU金融システムのリスクと脆弱性に関する2025年春の最新情報を発表した1
 
1 Joint Committee Update on Risks and Vulnerabilities in the EU Financial System -Spring 2025  (ESA 20253.31)
https://www.eiopa.europa.eu/document/download/e07b6e82-5d19-436a-92fa-b1277f545084_en?filename=Joint%20Committee%20Update%20on%20risks%20and%20vulnerabilities%20in%20the%20EU%20financial%20system%20-%20Spring%202025.pdf
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)

2――報告書の内容

2――報告書の内容

1|地政学的リスクが金融セクターに及ぼす影響
地政学的リスクが高まるにつれ、金融安定性リスクも高まると考えられる。その具体的な要素として、以下のようなものが挙げられる。

〇地政学的リスクの高まり
・貿易摩擦、世界的な政策の不確実性、急速に進化する国際協力の大きな変動によって、地政学的な分断がさらに加速し、マクロ経済の見通しが不確実性となる。
・欧州の経済成長は、予想より緩やかであるが改善している。しかし、今後の利下げの範囲と時期や、EUと米国の利下げの思惑の相違が不透明である。
・欧州では、サイバー攻撃が増加する可能性があるという不安要素がある。
 
〇金融安定性リスクの高まり
・地政学的な不確実性の高まりと予期せぬ展開によって、市場のボラティリティ、流動性リスク、および債券市場の信用スプレッド拡大が増幅される可能性がある。
・世界的な貿易条件の突然の変化により、急速な資本移転が起こったり、通貨のボラティリティが大きくなったりする可能性がある。
・金融市場における世界的な分断のリスクが高まっている。
 
また、EEA(欧州経済領域)の外部への投資のエクスポージャーが大きいと、地政学的リスクの影響を受けやすいと考えられる。実際、過去5年間で、EU株式ファンド(ETFを除く)の資金フローの77%が米国株式保有に向けられた。広い意味での金融市場インフラという意味では、格付会社や中央清算機関といった分野で米国の企業が多数存在している。
 
保険会社や年金基金のもつEEA外へのエクスポージャーについては、
・保険会社の資産の17%~30%がEEA外にあり、6%分は米国である。年金基金の資産の29%がEEA外にあり、17%分が米国である。
・保険会社のEEA外からの保険料収入は、主に英国、スイス、中国からのもので、全体の5%を占める。ただしEEA外の支店経由のものは別にあるため、事実上さらに多いはずである。
 
銀行のEEA外へのエクスポージャーについては、
・EEAの銀行のEEA外のカウンターパーティへのエクスポージャーは、約5兆ユーロで全体の23.4%。米国が1.3兆ユーロ、英国が0.9兆ユーロである。地政学的イベントの影響を受けると思われる国に対する直接のエクスポージャーは5,000億ユーロを超え、全体の2.5%である。
 
銀行、保険・年金、証券市場それぞれの分野の、地政学的リスクが与える具体的な影響は以下のようなものが考えられる。

〇銀行
・地政学的に脆弱なセクターへの直接のエクスポージャー
・リスクのある国の取引相手から受ける信用リスクの高まり
・オペレーショナルリスク、リーガルリスク、サイバーリスク、マネーロンダリングやテロの防止対策の潜在的な増加
・サプライチェーンの混乱や関税引き上げによる需要の減少など、間接的な悪影響の可能性
顧客の現金引出しニーズの高まり、デリバティブ分野における投資リスク、米ドル資金への潜在的な影響
・その他諸々の金融機関との相互接続の増加も脆弱性の原因となる可能性がある。
・世界的な規制の相違と市場の細分化の潜在的な増加
 
〇保険と年金基金
・投資リスクの高まりと、事業の成長性に関わる懸念
・貿易信用保険と損害保険への影響は複雑であり、わかりにくい。
・通貨変動によって、再保険費用や外貨建て保険金請求が増加し、為替変動リスクも高まる。
・国際的な協力が薄れることで、異常気象リスク、サイバーリスク、パンデミックリスクなどへの対応が遅れ、あるいは不充分になることへの懸念
 
〇証券市場
・現在、米国株価が高値であること、EU社債のスプレッドが歴史的にも低いことを踏まえると、突発事象が起きた時に何らかの不均衡な反応が起こるリスク
・従来の金融市場と暗号資産の相互接続が増加する中での、暗号資産の高騰とボラティリティの高まり
・オルタナティブファンドのレバレッジの上昇、米国株式へのエクスポージャーの増加、流動性のミスマッチによるファンドへのショック
・市場インフラの混乱、サイバーリスクの高まり、デジタル化の進展。AI、クラウドの利用における少数プロバイダーへの集中リスク
 
2|地政学から見たAIとサイバーリスクへの注目点
以下のように、AIは金融サービスの実施される環境を(いい意味で)変革している。

・投資判断、アルゴリズム取引、リスク管理の強化のためにさらにAIが使用できるようになる。
・保険分野においては、引受可否の判断、保険金請求管理、保険金詐欺の発見などの分野で利用されており、オペレーショナルリスク管理の分野でますます注目されている。
・銀行分野においては、顧客セグメンテーションや違法行為の検出などの分野で、AIの機能が進歩しており、作業の効率を高めるのに役立っている。

その一方で、急速に変化する地政学的状況によりサイバーリスクが増大している。地政学的な国際関係の再編により、EUにおけるサイバーリスクがさらに増大する可能性がある。AIは、以下のようなものの実態を通じて、サイバーリスクを増幅させる可能性がある。

・市場の相関関係
・モデルリスク、データ品質、ガバナンス
・情報管理上問題のある広告バナー等(サードパーティ)への依存関係や、サービスプロバイダーの集中(ハードウェアやクラウドサービス)
3|政策上の提言
〇関係当局と金融機関は、地政学的課題に対処する準備が必要である。
・市場のボラティリティ、流動性リスク、国債市場と社債市場両方における信用スプレッドの拡大に備えること
・貿易およびサプライチェーンの混乱、世界貿易量の減少、景気後退圧力がビジネスに悪影響を及ぼす場合に適応する準備を整えておく。例えば十分な引当金の積立が重要である。
・リスク管理の中で、マクロ経済および地政学的リスクを監視し、エクスポージャー、資本、流動性、資金調達、ビジネスモデル、および業務運営の回復力への潜在的な影響のシナリオ分析を行う。
・課題に対処するための計画(回復計画や十分な引当金の準備など)を含め、リスクに対応する準備を整えておく
 
〇関係当局と金融機関は、サイバーおよび AI活用に伴うリスクに備え、管理する必要がある。
・データ ガバナンスの改善は、金融セクターにおける AI 導入に伴う複雑さを管理するために不可欠である。堅牢なデータ ガバナンス フレームワークを実装することで、AI モデルで使用されるデータと AI モデルの出力の正確性、信頼性、セキュリティが確保され、定期的な監査とデータ品質の評価も行われる。
・ EUにおける「AI法」は、AIの開発と使用に関する法的枠組みを定めている。同法の最初の枠組みは2025年2 月に発効した。この枠組みの中で、金融セクターにおける AIの進歩とそのリスクを評価するために、業務運営、市場動向、規制遵守、相互接続性、回復力などを、適切な方法で監視する必要がある。
・DORA (デジタルオペレーショナルレジリエンス法)は、高まるサイバーおよび ICTリスクに対処する重要なツールを提供する。こうした規定をタイムリーかつ徹底的に活用し続けることが重要である。

3――今後の動きについて

3――今後の動きについて

この報告書は3月末の発行だが、その後、米国の関税が大幅に引き上げられる事態となり、この報告書で挙げられた地政学的リスクの一部は、今や現実化しつつある。その影響で注目が薄れているかもしれないが、ウクライナ、パレスチナ等の戦乱も解決していない。まさに地政学的リスクが高まったままという状況であろう。

サイバー攻撃などはこうした紛争下においては、平常時よりも多発するとのことで、金融機関に限らずリスク管理を高度化せざるを得ない、厳しい状況下にある。

AIの利用範囲や手法、そしてそのリスクは、今後急速に問題となってくる可能性が高く、AIの利用に関する法制も今後の状況変化に合わせて、進化していくことになるだろう。金融機関、特に保険・年金分野における今後の動きも追って紹介していきたい。

保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩(やすい よしひろ)

研究領域:保険

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴

【職歴】
 1987年 日本生命保険相互会社入社
 ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
 2012年 ニッセイ基礎研究所

【加入団体等】
 ・日本アクチュアリー会 正会員
 ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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