トランプ関税と円相場の複雑な関係~今後の展開をどう見るか?

2025年04月07日

(上野 剛志) 金融市場・外国為替(通貨・相場)

2.日銀金融政策(3月)

(日銀)現状維持
日銀は3月18日~19日に開催した金融政策決定会合(MPM)において、金融政策の現状維持を決定した。これまで同様、無担保コールレート(オーバーナイト物)を0.5%程度で推移するように促すこととした(全員一致での決定)。

会合終了時に公表された声明文では、基本的に1月展望レポートの内容・表現が維持されたが、トランプ政権による関税引き上げの動きを反映して、もともとリスク要因として挙げられていた「海外の経済・物価動向」の前に「各国の通商政策等の動きやその影響を受けた」との文言が追加された。
 
会合後の植田総裁会見では、今後の金融政策運営について、「現在の実質金利がきわめて低い水準にあることを踏まえると、以上のような(=日銀が想定する)経済・物価見通しが実現していくとすれば、それに応じて引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和度合いを調整していくことになる」と従来同様、利上げの継続方針が示された。

日銀が政策判断で重視している基調的な物価上昇率については、「徐々に高まってきているが、なお 2%を下回っている」との認識が示されたが、「賃上げの動きが広がってきていることも窺われる」、「春闘の一次集計は、オントラックの中でもやや強めであった」と足元の賃上げのモメンタムについて前向きに評価した。
 
一方で、トランプ政権の関税引き上げに向けた積極的な動きについては、「割と急速にアメリカの関税政策、関税の及ぶ範囲とか、決定のスピードのようなものが急速に広がったり、上昇している」と述べたうえで、「不確定なところは非常に大きい」との認識を示し、「国内の物価・賃金のある種好循環の継続の状況と、ここにきて重要性を増している海外発の様々な不確実性の両方をみて、両方を今後の経済・物価見通しに、あるいはそのリスクに的確に反映させて政策を決めていく」と説明した。さらに、「(トランプの政策は)4 月の初めにはある程度のところが出てくるかもしれないという状況なので、次回の決定会合ないし展望レポートがあるが、そういう中ではある程度消化できるかな」と発言し、5月の政策変更の可能性にも含みを残した。
 
近頃勢いが強まっているコメなどの食品価格の上昇については、「普通は、抽象的に言えば一時的なサプライショックである」としながら、「米価格の上昇、若干長引いているし、インフレ期待、消費者マインドに対する影響等を通じて、何らかのかたちで基調的な物価に影響を与えるという可能性もゼロではない」と述べ、注視していく姿勢を示した。
 
なお、3月にかけて比較的速いペースで上昇してきた長期金利については、「長期金利は市場で形成されるというものである」との考えを示す一方、改めて「通常の価格形成とは異なるかたちで急激に金利が急上昇するというような例外的なケースでは、市場における安定的な価格形成を促すという観点から、機動的なオペをやるということもあり得る」と説明。ただし、「現状はそうした状況ではない」とそれまでの金利上昇を許容する姿勢を示した。

これに関連して、長期の実質金利がマイナス幅を縮めている件に関しては、「経済活動に特に大きめの影響があるのは、短期から中期ゾーンの金利」、「ここはまだかなりのマイナスのところにあるということで、イールドカーブ全体としては経済活動をサポートするレベルにある」と、問題視していない旨の見解を示した。
(今後の予想)
4月に入ってから、日本経済を取り巻く環境が大きく変化している。日本時間3日にトランプ大統領が公表した相互関税の規模がわが国分(追加税率24%)も含めて予想外に大きかったためだ。その直前にはセクター別関税の一環として、自動車関税(追加税率25%)も公表されていた。日銀もここまで高い税率は想定していなかったはずで、日本経済への悪影響も軽視できない状況になった。

トランプ政権は朝令暮改的であり、今後もこの税率が維持されるかは不透明であるため、現時点において日銀が利上げ方針を即時撤回する可能性は低い。しかし、少なくとも、日銀としては従来想定していたよりも時間をかけて利上げ判断に臨まざるを得なくなったと見ている。

筆者は、従来は半年に一度のペースでの利上げを想定しており、次回の利上げは7月MPMと予想していたが、後ずれする可能性が高まったと判断している。

現時点では9月MPMでの利上げを予想しているが、トランプ政権が今後も日本や主要国に対する追加関税の税率を維持するのであれば、影響が長引き、利上げのタイミングがさらに先送りされたり、利上げが休止されたりする可能性が高いと考えている。

3.金融市場(3月)の振り返りと予測表

3.金融市場(3月)の振り返りと予測表

(10年国債利回り)
3月の動き(↗) 月初1.4%台前半でスタートし、月末は1.4%台後半に。
月初から日銀の利上げ観測が燻る中、財政拡張方針へ転換したドイツの金利上昇からの波及もあり、6日に1.5%台前半に到達。その後も春闘での高い賃上げへの期待を受けて利上げ観測が高まり、10日には1.5%台後半を付けた。中旬には、トランプ関税による米景気減速懸念によってやや水準を下げたものの、1.5%台前半での高止まりが継続。下旬には、決算期末を控えて国債が買い控えられる中で、25日にトランプ米大統領の発言を受けて相互関税への警戒が緩み、再び1.5%台後半に上昇したが、月末には米経済指標の悪化と相互関税への警戒から低下、1.4%台後半で終了した。
(ドル円レート)
3月の動き(↘) 月初150円台半ばでスタートし、月末は149円台半ばに。
月初、米経済指標の悪化やトランプ関税への警戒、日銀利上げ観測の高まりを受けて円高が進み、11日に146円台半ばに到達。一方、中旬には米経済指標の改善やウクライナ停戦への期待によるリスク選好の円売り、トランプ関税による米インフレ観測から一転して円安が進み、18日には149円台半ばを回復した。さらに、25日にはトランプ政権による相互関税が想定より厳しいものにならないとの期待が高まり、150円台に乗せた。しかし、月末には米経済指標の悪化と相互関税への警戒からドルが売られ、149円台半ばで終了した。
(ユーロドルレート)
3月の動き(↗) 月初1.04ドル台後半でスタートし、月末は1.08ドル台前半に。
月初、米経済指標の悪化やトランプ関税による米景気減速懸念、ドイツの財政拡張への転換方針、ECBの利下げ観測後退などユーロ買いドル売り材料が相次ぎ、11日には1.09ドル台に到達。中旬は一進一退の推移となったが、持ち高調整のユーロ売りや地理的・経済的に近いトルコでの政治リスクの高まりを受けてやや下落し、20日には1.08ドル台前半に。さらに欧州の経済指標悪化や英物価指標の下振れを受けて、26日には1.08ドルを割り込んだ。月末には米経済指標の悪化と相互関税への警戒からドルが売られ、1.08ドル台前半で終了した。

経済研究部   主席エコノミスト

上野 剛志(うえの つよし)

研究領域:金融・為替

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴

・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
・ 2007年 日本経済研究センター派遣
・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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