トランプ大統領はメキシコとの南部国境での不法移民問題について「侵略」と認定し、「国家緊急事態」を宣言した。これに伴い、南部国境での亡命手続きの停止や難民受け入れプログラム(USRAP)の無期限延期、南部国境警備への軍隊の活用も決定された。
また、トランプ政権1期目に実施し、バイデン政権で阻止された政策の多くを復活させたほか、バイデン政権時代の寛容な移民政策に関する多くの大統領令を撤回した。具体的には前述の「移民保護プロトコル」を復活させた一方、CHNV仮釈放プログラムが撤回されたほか、一時保護ステイタスの対象国縮小、移民裁判の手続きを待つ間、一部の移民を拘留から解放する「キャッチ・アンド・リリース」方針を終了することが指示された。
一方、2期目に新たに導入した移民政策として、全ての外国人に対して、米国政府に指紋を登録することを義務付け、違反した場合に刑事罰の対象としたほか、移民を支援する団体への資金援助を終了することを指示した。また、米国で出生した子供に市民権を与える現在の出生地主義から、米国に不法滞在している、あるいは一時的な合法的身分で生まれた親のもとで生まれた子供を除外するように指示した。さらに、国際麻薬カルテルや中米のギャングをテロリストに指定し、第二次世界大戦以降発動されていなかった一般に戦時下で適用される1798年の敵性外国人法を根拠に国外追放を行う方針を示した。
実際に、3月15日に前記の大統領令でテロ組織に指定されたベネズエラのギャング組織のメンバー200人超が、敵性外国人法を根拠に裁判所の手続きを経ることなく、エルサルバドルの収容施設に送還された。送還に先立ち連邦地裁はさらなる法的議論が必要として強制送還を14日間停止するように命令したが、トランプ政権が事実上無視した。
一方、一連の大統領令に署名したものの、政策の実現は必ずしも担保されていない。出生地主義の変更に対しては、署名直後に民主党系の22州と人権団体などが撤回を求める訴訟を提起し、連邦地裁が相次いで差し止め命令を出した。また、無党派の法律・政策ジャーナルJust Securityの訴訟トラッカー
4によれば、前述の出生地主義に加え、敵性外国人法の適用や、一時保護ステイタスの取り消しなど移民政策の大統領令に関連して29件の訴訟が進行している。このため、前述の強制送還などの例外はあるものの、法令違反が疑わしい大統領令に対しては司法が一定の歯止めとなる可能性が高い。
不法移民の拘束や強制送還を担当する移民税関執行局(ICE)や移民裁判所は、予算や人材不足といった構造的問題を抱えており、大規模な強制送還の実現には疑問符が付く。さらに、逮捕、拘束、強制送還の輸送費などの莫大なコストの財源をどうするのか、不透明である。非営利団体のアメリカ移民評議会(AIC)は米国内の不法移民1,100万人を一度に全て強制送還する場合には3,150億ドルと莫大なコストが掛かるほか、年間100万人の強制送還に限定した場合でも年間のコストが880億ドルと試算
5している。先日成立した25年度の暫定予算案にはICEに対する4億8500万ドルの増額が含まれたが、大規模な強制送還を実現するには予算が不十分である。上下院ともに僅差の議席に留まる連邦議会で巨額の予算確保ができるのか予断を許さない。