保険と年金基金における各種リスクと今後の状況(欧州 2025.1)-EIOPAが公表した報告書(2025年1月)の紹介

2025年02月14日

(安井 義浩) 保険計理

1――はじめに

EIOPA(欧州保険・企業年金監督機構)から、ほぼ四半期に一度のペースでリスクダッシュボードが発表されている。2025年1月30日に年金基金分野、1月31日に保険分野についてそれぞれ公表された1。これはその時々のソルベンシーII関連データに基づいて、EU内の年金基金と保険それぞれにおける主なリスク2と脆弱性を要約したものである。
 
1 (年金分野) Institutions for occupational retirement provision(IORPs) risk dashboard(2025.1.30 EIOPA)
https://www.eiopa.europa.eu/assets/iorps-risk-dashboard/January-2025-IORPs-Risk-Dashboard.html
(保険分野)Insurance Risk Dashboard     (2024.1.31 EIOPA)
https://www.eiopa.europa.eu/assets/insurance-risk-dashboard/January-2025-Insurance-Risk-Dashboard.html
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)
2 各リスクの内容は、その名称からほぼ直感的に想像はつくと思われるが、具体的な説明については、前回の報告(下記)を参照頂きたい。
保険分野 「保険分野における各種リスクと今後の動向(欧州2024.2)」(ニッセイ基礎研究所2024.2.29)
https://www.nli-research.co.jp/files/topics/77763_ext_18_0.pdf?site=nli
年金基金分野 「年金基金を取り巻く各種リスクと今後の見通し(欧州2024.2)」(ニッセイ基礎研究所 2024.3.12)
https://www.nli-research.co.jp/files/topics/77855_ext_18_0.pdf?site=nli

2――各リスクの状況

2――各リスクの状況

1保険分野
〇マクロリスクは、GDP成長率予測が1.2%(前四半期 1.3%)と中程度のレベルで安定している。世界のインフレ率予測も2.1%と横這いである。地政学的緊張が世界情勢を変えつつあり、今後12か月の予想レベルは横ばいとするが、数年間のうちに国際協力が弱体化することによる、リスクの増大懸念が高まっている。

〇信用リスクに関しては中程度のレベルで、引き続き安定している。

〇市場リスクは、依然として高い水準である。保険会社の債券と株式のボラティリティは落ち着いており、2024年第3四半期末の保険会社の資産構成比は、債券51.8%、株式6.0%で安定している。不動産価格には回復の兆しがあり(2024第一四半期 -7%、第二四半期-5%)、保険会社における資産構成比は3.1%と規模としては限定的である。2023年の投資収益と保証金利の差は、好ましい市場環境によりプラスである。デュレーションミスマッチの程度も安定している。
〇流動性と資金調達のリスクは中程度レベルではあるが、増加傾向にある。(前回報告「横ばい」から変更する。)過去1年間で関連する各種指標が徐々に悪化し、2024年第4四半期には、保険契約の失効率が上昇するなど、資金調達状況がさらに悪化したことによる。

〇収益性と支払能力のリスクは、引き続き安定している。ソルベンシーマージン比率はわずかに改善している(2024第3四半期末の保険グループ平均200.3%→206.3%)。保険会社の投資収益率などの指標は、良好なまま、おおむね変化していない。

〇相互関連と不均衡リスクは、引き続き安定している。

〇保険引受リスクは、中程度レベルで安定している。指標の一つである保険料増加率は、生命保険+12.1%、損害保険+7.4%とプラスである。損害率はわずかに上昇し64.6%であった。

〇市場受容リスクは、中程度で安定している。

〇ESGリスクはこれまで中程度で安定していたが、今後12か月の見通しは、上昇傾向であることには変わりない。保険会社の気候関連資産へのエクスポージャーはわずかに減少し、保険会社のグリーンボンド発行残高は社債残高の約6.5%の投資で安定して推移している。気候変動の物理的リスクに関する指標としてのリスクエクポージャーをみると、洪水に関しては変化ないが、暴風に関するエクスポージャーが高くなっている。環境に関する国際的な協定などを巡る政治的な動向の変化により、長期的な目標に向けた進歩が困難になってきている。

〇デジタル化とサイバーリスクは、現時点では中程度のレベルにとどまっている。
2年金基金分野
年金基金分野のリスクカテゴリー分類は、保険分野とほぼ同じではあるが、年金基金の貯蓄性が強いことや、特に確定給付年金においては、責任準備金を対応する資産でカバーできていることが重視されるなど、異なる視点があるので、多少違いがある。
〇マクロリスクは中程度の水準で、GDP成長率予測はプラス方向に動いている。年金基金の主要地域の平均GDP成長率予測は、2024年第4四半期は1.5%(前四半期も1.5%)、インフレ率の予測は2.2%と、全体的に安定している。保険分野と同じく、地政学的緊張が世界情勢を変えつつあり、今後12か月の予想レベルは横ばいとするが、数年間のうちに国際協力が弱体化することによる、リスクの増大懸念が高まっている。

〇信用リスクに関しては中程度のレベルにとどまっている。

〇市場と資産の収益リスクは、引き続き高水準のままである。債券のボラティリティが2024年第4四半期末時点で、安定してはいるが、過去の水準と比べて依然として高い。債券・株式へのエクスポージャーはそれぞれ54.4%と25.9%でほぼ変化はない。不動産価格は下落しているが、年金基金の不動産エクスポージャーは小さい(1%未満)ので影響は限定的である。

〇流動性(資金調達)リスクは中程度で、デリバティブポジションの好調な展開により、低下傾向にある(今回変更)。

〇確定給付型基金の準備金と資金調達のリスクは中程度である。財務状況は引き続き好調である。2024年第3四半期の資産の負債超過率は20.4%(前四半期 21.1%)(中央値)である。

〇集中リスクは中程度である。

〇ESGリスクも中程度で安定している。株式・社債のうち気候関連資産のエクスポージャーについては、中央値は若干低下(0.8%→0.6%)、加重平均は8%(前四半期 8.3%)とわずかに低下した(大規模基金は気候関連のエクスポージャーが高い)。グリーンボンドへの投資は2024年第2四半期の7.2%から2024年第3四半期8%へと上昇した。保険分野と同様に、環境に関する国際的な協定などを巡る政治的な動向の変化により、長期的な目標に向けた進歩が困難になってきている。

〇デジタル化とサイバーリスクは、1年前から増加したが、このところ中程度で安定している。

3――おわりに

3――おわりに

今回も特段大きな変化もなく、緊急に対応を要するような事態はないようだが、地政学的な状況の変化など急激な変化もありうる項目がある。あるいはサイバーリスクのように、今後の動向が不透明で、現在のところは常に懸念事項としてあり続けるような項目もある。

保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩(やすい よしひろ)

研究領域:保険

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴

【職歴】
 1987年 日本生命保険相互会社入社
 ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
 2012年 ニッセイ基礎研究所

【加入団体等】
 ・日本アクチュアリー会 正会員
 ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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