地域社会学において、コミュニティは「地域性」と「共同性」に基づいて定義されている。同じ建物あるいは一定の地域内に住むという「地域性」、そしてお互いが子どもを育てることを目的としている「共同性」の条件がそろうことにより、一見してコミュニティ形成のための要素が整ったように見えるが、実際には「子育て世帯である」ことは、田中(2003)が指摘した「共同性の欠如した単なる集合体」に過ぎないと考えられる。田中は、現代社会では、多くの人々が社会的なつながりを築くことなく過ごしていることが指摘し、その背景には、都市化の進展、情報技術の発達によるデジタルコミュニケーションの普及、さらには個人主義的な価値観の浸透があり、これらの要因が、地域社会における直接的な人間関係の形成を妨げ、コミュニティの一体感を弱める結果を招いている、としている
9。
子育て世帯の場合、特に共働き世帯の増加を背景に、地域活動に参加する時間を確保できない世帯が増加しており
10、家族単位の閉鎖的な生活が進行していることが指摘されている。文部科学省が継続的に実施した「家庭教育の総合的推進に関する調査研究」によると、地域とのつながりについて、2023年には「子どもを通じて関わっている人がいない」と回答した人は28.1%
11を占めており、これは2016年と比べて約4ポイント上昇した
12。さらに、親の転勤や異動、子どもの進学などに伴い子育て世帯の移動も頻繁になり、伝統的な地縁によるコミュニティが解体されつつある
13。
一方で、前述文部科学省が実施した「令和2年度家庭教育の総合的推進に関する調査研究」によると、「子育てに対する地域の支えの重要さ」が「重要」であると回答した人は全体の7割に達しており、子育て世帯が地域の支えを強く求めていることが明らかになっている。また、「子育てについて悩みや不安がある時の主な相談相手」としては、「配偶者」、「実母」に次いで、「子育てをしている仲間」を3位に挙げており、子育て世帯がコミュニティに対して重要な役割を期待していることを示している。
心理学におけるコミュニティの概念では、「お互い支援しあう関係」や「ストレス時における相互の支えあい」といった要素に重点を置いており、「社会システム間のネットワーク」というより広範な視点も取り入れられている。つまり、コミュニティは単に物理的な集まりではなく、人々が共通の関心や目標、感情を共有し、社会的・心理的な支えの場として機能するものである
14。
これを子育て世帯にあてはめると、コミュニティ形成において特に重要な要素は子育てに関する情報の共有であると考える。都市部に住む核家族化した子育て世帯は、生活面や教育面における情報が不足していることが多く、地域のコミュニティネットワークを通じて情報を入手・共有することが求められる。これは「東京こどもすくすく住宅認定制度」が管理・運営に関する要件として、「子育て支援情報等の継続的な提供」などの要素を認定基準に取り入れた理由であると推測される。子育て世帯にとって必要な情報は、地域の一般に公開されている情報、あるいは掲示板や回覧等での定期的な周知だけでは十分ではなく、子育て世帯が求める情報は、一般に公開された情報よりも、より具体的かつ目的性も強い。例えば、近隣に子ども向けの医療施設の情報についても、子育て世帯が知りたいのは、その施設の医師が経験豊富かどうか、スタッフが優しい対応をしてくれるのか、待ち時間がどれくらいかかるのかといった詳細な情報まで必要としている
15。同様に、教育施設の情報についても、生徒募集の開始期間や費用に関する情報に加え、教育方針や授業の内容はどのようなものか、進学実績はどうなのか、教師は厳しいのか優しいのか、といった細かな情報までが、子育て世帯にとっては重要となってくる。こうして、よりリアルで詳細な子育て世帯が知りたい情報を、実際に地域に住む他の経験者から聞くことで、交流が生まれ、子育て世帯のコミュニティが形成され始める。
ただし、子育て世帯のコミュニティは、子どもの年齢や所属先、学校などの環境の変化に伴って変化することは言うまでもない。子どもを通じて形成された子育て世帯のコミュニティは、子どもの進学や転居のタイミングに合わせて持続的でなくなる傾向があることが先行研究
16で分析されている。
今回紹介した東京こどもすくすく住宅認定制度のように、自治体では地域での実状に応じて、子育てに有用な人脈構築や情報収集等が期待できるコミュニティ形成を住宅施策に取り込みながら進めている。子育てにとって必要な情報、コミュニティの内容は、子どもの年齢により異なってくるが、核家族が増えるなかで親が孤立することなく、安心して子育てができる環境を自治体が支援していくことは必要であろう。
4――おわりに