ここまでの分析と考察をまとめると、以下のとおりとなる。
(1) 日本人の金融リテラシーに対する自信は、客観的金融リテラシーと比較して保守的な傾向にある。
(2) 日本人の金融リテラシーに対する自信は、年齢が高いほど不足する傾向にある。
(3) 金融教育は、客観的金融リテラシーよりも自信の向上に対して効果を発揮している可能性がある。
(4) 投資行動は、客観的金融リテラシーよりも自信との関連性が強い。
(5) 自信は投資行動に直接的に影響を与えうる要因であり、自信の不足が資産形成促進のボトルネックとなっている可能性がある。
自信を向上させるための考え方については、本稿の分析から2つの示唆が得られる。
1つは、(上記(3))金融教育が自信を向上させる効果を活用することである。前述のとおり、日本では2020年代に入ってから金融教育を含む学習指導要領が本格実施されているところであり、その教育を受けた世代は投資家としても同調査の対象者としても潜在的な段階である。今後の調査結果には期待したいところであるが、少なくとも教育の内容に関しては、単に金融知識を教授するに留まらず、「自身の金融リテラシーのレベルを正しく認識する」という要素を組み入れる必要があるだろう。
もう1つは、(上記(4))投資行動(=経験)と自信との相互関係を利用することである。金融資産構成に直接的に影響を与えるような規模の投資でなくとも、小規模かつ手頃な投資経験が自信を向上させ、その自信がさらなる投資行動を生む相乗効果は存在すると考えられる。現行の少額投資・積立投資への税制優遇(NISAや確定拠出年金)はまさにその意味で効果が期待されている。また、近年東京証券取引所が企業に対して呼びかけている投資単位の引き下げや、従業員に対する福利厚生制度としての資産形成支援など、今後は企業による取り組みにも投資経験の獲得を促進する効果が期待される。
加えて、金融教育において投資に近しい経験を得られる実践的な手法を取り入れることは、金融教育の直接的な自信向上の効果と、経験の獲得による相乗効果の両者が期待できる極めて効果的な手段であるといえる。実際米国では、「The Stock Market Game(SMG)」
10という最も代表的な金融教育用のゲーム教材について、「SMGを実施した生徒が授業外においても投資について考える等の行動が見られた」という意識面での学習効果が報告されている(Hinojosa et al.,2009
11)。日本でも金融教育に関する実践的な教材や出前授業は民間団体等により提供されているため、教育現場において広範にそうした手法を活用すること、あるいはそれを後押しする体制を構築することは日本人の自信の底上げにつながる有効策となり得る。
一方で、過度な自信は必要以上のリスクテイクや金融犯罪への接近を招く恐れがあることには当然注意が必要だ。実際、調査結果(図表4)では「金融トラブル経験者」層は僅かではあるが客観的評価指数よりも自己評価指数の方が高い結果となっている。
以上を総括すると、今日本で求められているのはまさに「金融リテラシー・ギャップ」の解消であるといえる。これまで金融リテラシーの向上に焦点を当てた施策は官民問わず様々実施されてきたが、その自信を適正化するための取組みはあまり行われてこなかった。
日本が「投資大国」を目指すうえで、金融リテラシー・ギャップの解消は重要な論点になるだろう。
10 米国証券業金融市場協会が設立した非営利組織 SIFMA 財団が1977年から提供する、株式投資のシミュレーションゲーム。
11 Trisha Hinojosa, Shazia Miller, Andrew Swanlund, Kelly Hallberg, Megan Brown, Brenna O’Brien(2009)"The Stock Market Game™ Study Final Report", Learning Point Associates and FINRA Investor Education Foundation