中期経済見通し(2024~2034年度)

2024年10月11日

(経済研究部)

1.世界経済は回復が進むものの、不確実性は依然として大きい

(ディスインフレが進み、欧米中銀も利下げサイクルを開始)
世界経済は、2020年の新型コロナウイルス流行、2022年のロシアによるウクライナ侵攻といったショックを経験した。経済は、コロナ禍による直接的な影響がほぼ解消し、戦争も当初の混乱からは落ち着きを取り戻しつつあるが、主要先進国で進んだ高インフレは、人手不足感の強まりなどを背景に賃上げや企業の価格転嫁によって内生化が進んだため、鎮静化に時間を要している。

2024年には、欧米中銀の積極的な金融引き締めの効果もあって、緩やかながらもインフレ率が低下傾向を続けてきたため、2%インフレという目標達成が視野に入ってきた。年央以降は、FRBやECBは金融引き締め姿勢を徐々に緩和させており、経済データを注視しつつ、利下げサイクルを開始している。
(製造業景況感や消費者景況感は弱含み)
欧米でディスインフレが進んだことで、中央銀行は金融引き締め度合いを緩めつつあるが、長期にわたる高インフレと金融引き締め環境は、経済への重しになっている。中国では高インフレを経験していないが、不動産市場の低迷を主因に停滞感は強い。
世界の企業景況感は、サービス業ではコロナ禍からのペントアップ需要もあって相対的に堅調に推移しているが、製造業では冴えない。製造業PMIは、2024年に入り一時は中立水準の50を上回る状況まで回復したが、再び50割れに落ち込んだ。消費者景況感も高インフレが深刻化した2022年を底に回復はしているものの、コロナ禍前の水準と比較するとまだ回復途上段階にある。欧米では長期の高インフレによる購買力の低下、中国では大手不動産企業の経営危機といった不安感の高まりが消費者心理を抑制していると見られる。

世界経済は緩やかに成長しているものの、製造業景況感や消費者景況感の低さが、回復力の弱さにつながっている。

一方で、世界経済は大規模な金融ショックや深刻な景気後退も回避してきた。欧米では、2022年に英企業年金基金の資金繰り悪化、2023年に米シリコンバレー銀行の破綻やクレディスイスのUBSによる救済合併といった金融機関の経営悪化に見舞われ、実体経済でも商業用不動産に関連した業種を中心に業績が低迷しているが、いずれも局所的、一時的な事象にとどまっている。

(経済を取り巻く不確実性は依然として大きい)
インフレの持続性や長期化する金融引き締め環境の影響など、経済環境を取り巻く不確実性は依然として大きい。気候変動への対応や、安全保障強化を背景とした供給網の見直しも経済に影響を及ぼす。悪天候による農作物の供給不足がインフレ圧力を生むリスクなども抱える。ロシア・ウクライナ戦争の終結が見えないなか、中東地域での紛争は激化しており、地政学的緊張は高まっている。また、コロナ禍で積極化した財政政策の結果、多くの国で政府債務残高が増加している。メインシナリオでは、欧米のディスインフレ傾向が続くなか、金融ショックの発生や深刻な景気後退入りは想定していないが、金融市場への悪影響や景気後退懸念は燻っており、世界の成長力やインフレの先行きの見極めは難しい状況にある。

(世界成長率は中期的に緩やかに減速)
世界経済は、新型コロナウイルス感染症の影響で2020年に▲2.7%の大幅マイナス成長を経験した後、2021年はその反動で6.5%の高成長となった。しかし、その後は高インフレと金融引き締めの影響で回復ペースが減速し、世界経済の実質経済成長率は2022年に3%台半ば、2023年には3%台前半まで低下した。2024年にはインフレ率が低下し、減速に歯止めがかかるものの、中期的には予測期間にわたって鈍化傾向をたどり、予測期間末には2%台後半まで低下することが見込まれる。

先行きの成長率を先進国、新興国に分けてみると、新興国は先進国の成長率を一貫して上回るとみられる。しかし、少子高齢化に伴い潜在成長率の低下が進むことなどを背景に、新興国の成長率は予測期間後半には3%台半ばまで低下すると予想する。
世界経済に占める新興国の割合(ドルベース)は2000年の20%程度から40%程度まで上昇している。新興国の成長率は今後緩やかに低下するものの、相対的には先進国よりも高い成長を続けることから、世界経済に占める新興国の割合は予測期間末には40%台半ばまで高まるだろう。
国別には、コロナ禍前までは経済規模で世界第2位である中国の世界経済に占める割合が拡大傾向を続け、2018年にはユーロ圏を上回った。ただし、先行きについては中国の名目成長率が予測期間後半にかけて緩やかに鈍化し、人民元のドルに対する相場が横ばい圏にとどまることから、予測期間中は米国の経済規模が中国を一貫して上回ると見込まれる。

中国に匹敵する人口を抱えるインドについては、予測期間中は人口増加が続くことから高い潜在成長率が期待でき、世界経済に占める割合を高めていく。2020年代後半にはインド経済は日本経済を上回ることが予想される。

一人当たりGDP(ドルベース)を見ると、日本は1980年代後半から1990年代まで米国を上回っていたが、2000年頃にその関係が逆転した後は一貫して米国を下回っている。2023年の日本の一人当たりGDPは円安の影響もあり、米国の4割強の水準まで低下した。過度な円安は修正され、今後も引き続き為替レートは円高方向に推移すると想定しているが、コロナ禍前の10年間と比較すると円安水準にとどまると見込まれる。また、今後10年間の日本の平均成長率は米国を下回ることが予想されるため、予測期間終盤も日本は米国の4割強の水準で推移することとなるだろう。また、ユーロ圏と比較すると、2023年時点で日本の一人当たりGDPは7割強であるが、予測期間の平均成長率がユーロ圏を下回るため、予測期間後半には7割程度まで低下するだろう。

一方、日本のGDPの水準は2010年に中国に抜かれたが、一人当たりGDPでみれば2023年時点でも中国の3倍弱の水準である。今後の成長率は中国が日本を大きく上回るため、両国の差はさらに縮小するが、2034年でも日本の一人当たりGDPは中国の2倍以上の水準を維持するだろう。また、予測期間後半に日本のGDPを抜くインドは、一人当たりGDPでみれば2023年時点では日本の8%弱となっているが、10年後には10%強の水準まで上昇するだろう。

2.海外経済の見通し

2.海外経済の見通し

(米国経済-累積的な金融引締めの影響により、当面は潜在成長率を下回る成長が持続)
米国経済はコロナ禍の影響で2020年春先に大幅に落ち込み、2020年の実質GDP成長率は前年比▲2.2%と2009年以来のマイナスとなった。しかし、コロナ禍で実施された財政政策や金融政策の効果もあって2021年が6.1%と1984年以来の高成長となるなどV字回復を果たした。

その反面、コロナ禍に伴う供給制約やウクライナ侵攻に伴うエネルギーや食料品価格の急騰によるインフレ高進を受けてFRBは2022年3月に政策金利の引上げを開始し、2023年7月までに2001年以来となる5.5%まで引上げた。ただし、大幅な金融引締めにも関わらず、2022年と2023年ともに2%超の堅調な成長が続いた。

一方、潜在成長率は概ね2020年以降2%近辺で安定しており、コロナ禍の影響は限定的に留まった。この結果、実際のGDPとの乖離で示されるGDPギャップは、2020年に一時的に▲4%弱(潜在GDP比)まで拡大したものの、その後は2023年まで乖離が限定的に留まった。また、潜在成長率は2024年から2028年にかけても2%超が続くと予想され、1年前の想定を0.2%~0.4%ポイント上回る見込みである。これは主に近年の不法移民の流入増加による労働力人口をはじめとする人口の押上げの影響が大きい。議会予算局(CBO)による推計では2022年以降に不法移民を中心にした純移民流入の増加に伴い人口増加率は2014年から2021年の年間平均0.5%に対して、2022年から2026年にかけては年間平均1.0%と大幅な伸びが続くと予想されている。この結果、今後10年間の潜在成長率の平均は2.0%と1年前の1.8%予想を0.2%ポイント上回ることが見込まれる。

2024年は上期の成長率が2.3%と堅調を維持しているものの、累積的な金融引締めの影響もあって失業率の上昇を伴う労働市場の減速が続いている。今後は個人消費の減速に波及することで2024年後半にかけて景気減速を見込む。その後は9月にFRBが利下げを開始したこともあって2025年以降景気は緩やかに持ち直そう。ただし、暫くは引締め的な政策金利が継続することから、2025年から2026年にかけては潜在成長率を下回る伸びに留まると予想、2027年以降は潜在成長率に一致しよう。この結果、今後10年間の成長率見通しは平均で1.9%と僅かながら潜在成長率を下回る水準となろう。

一方、2025年以降の経済状況は11月の大統領・議会選挙結果の影響を受ける。現状、大統領選挙ではハリス氏とトランプ氏の支持率が拮抗している一方、議会は上院で共和党が有利、下院は両党が拮抗しており大統領選挙の結果に左右される可能性がある。仮にハリス氏勝利ならねじれ議会に、トランプ氏勝利なら上下院ともに共和党が過半数を獲得(トリプルレッド)する可能性がある。今回の中期見通しの策定に当たっては、選挙結果が不透明なことから、2025年以降も経済政策の大幅な軌道修正がないことを前提とした。仮にハリス氏勝利の場合は経済政策の軌道修正は限定的となる一方、トリプルレッドでは減税や関税強化、不法移民対策の強化などで軌道修正される可能性がある。この場合、減税にも関わらず、関税と移民政策の影響で成長率が押し下げられる可能性が高いとみられる。ただし、中期的な経済への影響を定量的に評価するのは現時点で困難である。