本レポート前後編では、内閣官房の「ジョブ型人事指針」に基づき、20社のジョブ型人事制度の導入事例について概観した。ジョブ型人事制度は、多様な業界や企業規模において様々な形で導入され、それぞれの企業が直面する課題や戦略的ニーズに応じたアプローチがとられている。特に、DX推進やグローバル競争力強化、社員のキャリア自律支援を目的として、多くの企業に共通する目的がみられる。一方で、導入の方法や範囲、評価方法等は企業ごとに異なり、多様な戦略に対応していることがわかる。
ジョブ型人事制度は、企業の競争力を強化し、社員のキャリア支援や組織の柔軟性を高めるために、今後さらに多くの企業で普及することが期待される。ただし、制度導入の際には、自社の文化や運用体制への適合性に注意を払う必要がある。
さて、20年以上前に成果主義が流行した際、メディアやコンサルタントが強く推奨したこともあり、多くの企業が導入したが、その首尾については賛否が分かれる。成果主義の導入によって短期的な成果が評価され、長期的な成長が軽視されるという弊害があったといわれる。ジョブ型人事に関しても、単に「流行しているから」「他社がやっているから」といった理由だけで導入を決定するのではなく、自社にとって本当に必要なのかどうかを十分に検討すべきである。
ジョブ型の導入の惹句のひとつに、年功序列を排することで勤続年数に関係なく、管理職等として処遇できる等から、若い世代にはチャンスが広がるというものがある。一方で処遇の下がる人もいる。若い頃は働きよりも低い処遇を甘受させ、年齢を重ねた後にはそのギャップを埋めることで長期勤務のインセンティブとしてきた企業が、ジョブ型に移行したとたんに処遇を下げ、過去のいわば借り(働き手から見て貸し)を帳消しにすることではないのか、との疑念を抱かれることのないよう、透明で誠実なコミュニケーションが求められる
2。そうでなければ、従業員エンゲージメントの低下やそれに伴う生産性の低下、さらには離職率の上昇等、意図せざる結果が生じることが懸念される。
また、ジョブ型人事制度の導入は欧米型の雇用慣行に近づく試みであるが、社会の構造が大きく異なる日本においては、「日本流ジョブ型」を模索する必要がある。新卒一括採用制度や大学教育等のあり方が大きな変化を遂げない限り、欧米流のジョブ型人事制度が完全には機能しないだろう。むしろ、日本の現状に合わせた形で導入する企業が多数派であることが予想される。
とはいえ、若年層の失業率が高く、インターンシップが主な職業訓練手段である欧米のシステムを無批判に取り入れることが果たして理想的なのか、慎重な議論が必要である。特に、社会全体の労働市場や教育システムを含めた広範な議論が求められる。
その点においては、三菱UFJ信託銀行の取り組みは、非グローバルな企業、特に金融機関においてはヒントとなるだろう。「一国二制度」といった限定的な導入やそれをサポートする各種制度の構築は、ジョブ型人事制度の普及と成功において重要な役割を果たすことを示唆していると考えられる。
最後に、ジョブ型人事制度が日本の企業にどのように定着し、進化していくのかに注目しつつ、各企業が自社の特性や文化への適合を十分に考慮しながら制度のメリットを最大限に生かす工夫を重ねることで、より良い組織づくりや人材育成の実現と、その結果として社員の成長や組織全体のパフォーマンス向上につながり、ひいては日本経済の活性化や社会全体の活力向上にも大きく貢献することを期待したい。
2 オリンパスは、「ジョブ型」という言葉に対し、「降格するための制度を入れるのか」といったネガティブな反応があったが、ジョブ型人事の導入で目指すことは「成果だけで処遇する制度にすることではなく、適時に、適所適材を実行することを通じたフェアネスの徹底」と説明し、何度も対話の場を設けて労使妥結に至った。アフラック生命保険は、新制度導入の目的は、社員一人一人が最大限力を発揮できる環境を構築することであり、人件費削減を目的としたものではない。ジョブ型人事の導入にあたり、総賃金原資も増加している、としている。他社においてもジョブ型導入後に総人件費は減っておらず維持ないし増加したとされる。(ジョブ型人事指針)