前述した株式会社CTの調査、菅野らの「取扱説明書実態調査」、どちらの調査においてもトリセツを読まない理由として「読まなくても使い方がわかる場合が多い」と回答した割合が4割を超えている。また、「購入前に動画や画像ですでに使い方を確認している」ことを理由に挙げている者もおり 、なんとなく使える気がするという過信や慢心がトリセツを読まない大きな要因であると言えるだろう。併せてClarkson (2007)
7の調査からもわかる通り、実際にいじってみて使い方を慣れていくことが好まれる分野があるのも事実だ。
一方で、上記の通り「読んでも意味が分からない」、「見ただけで読みたくなくなる」といった怠惰さがトリセツを敬遠する大きな要因と言えるだろう。冒頭で取りあげた、様々な規約や細かい取扱説明書などを代わりに読み、要点をまとめている動画は、このような人々から強く支持されていると言えるだろう。二次ソースで信憑性が疑わしい情報であっても「自身が読むのはめんどくさい」「知った気になれればそれでいい」「どうせ自分で読むわけではないから信憑性は二の次(その情報が正確ならラッキー)」くらいの感覚で消費されているのであれば、それらの動画でもニーズを十分に満たせてしまうのである。読めばその機能の全てを知ることができるためトリセツは最も合理的な習熟方法であるにもかかわらず、目の前にあるトリセツを無視してわざわざインターネット検索して、信憑性が保証されていない二次ソースを探すという非合理的な行動をとっているわけだが、そのような行動をとる消費者にとってはそれが合理的な行動なのである。
「Life Is Too Short to RTFM」では、過剰な機能に対して消費者が苛立ちを覚えたり、マニュアルを読むことそのものに対してもイライラや否定的な態度が見られることにも言及されている。参考値ではあるが筆者が行った「トリセツに関するインタビュー調査」
8でも同じような傾向が見られ、はじめて使用する機械に対してイライラした経験があると答えた割合は89%で、内4割がその後トリセツを読んではいないと回答した。彼らの8割以上はネットで使い方を調べ、調べない者はうまく使えないことに対して我慢したり諦めたりすると回答している。
トリセツや契約書を読むのが面倒だという背景には時間がかかるという点と、専門知識がなければ理解できないという点が影響していると推定できるわけだが、いずれにせよ他人がトリセツを読み込んだ時間や、専門知識を取得するためにかかった時間や費用といった誰かが支払ったコストに便乗しているわけである。
この、自身のコストを極力かけずに時間を短縮し、特定の状態になる(ここではマニュアルを読んだ状態になる)ことを目指す行為は、タイパ(タイムパフォーマンス)の追求と言えるだろう
9。筆者はタイパの追求には様々なパターンがあると考えている。例えば、時間短縮の側面である。これは作業の効率化のために追求されるタイパであり、自身の作業負担を減らしたり、時間を節約することで時間的余裕を生み出し、他の生産(労働)に時間を割く事が期待されるモノである。言い換えれば、やらなくてはいけない労働を効率化させるための手段ともいえる。以前は時短や裏ワザとも呼ばれ、やらなくてはいけない家事にかかる時間や手間を省く文脈で使用されてきた。
併せて、特定の状態になるために手間や時間を省くパターンも存在する。例えば、洗濯機を使える状態になることは、洗濯機を活用する上で必要な状態ではあるモノの、消費者にとってはその状態になること自体が目的ではない。あくまでも目的は洗濯が完了することにあるため、マニュアルを読むという行為が、直接洗濯が完了する=実働 という行為に寄与するわけではない(マニュアルを読んだからといって洗濯が終わっているわけではない)。そのため、洗濯機を使えるという状態を目指すのであれば、①説明書を読む、②他人がまとめた動画や要約(二次ソース)を閲覧する、③何も読まないでやる、といったように自身のかけるコストによってその手段は異なるわけだ。結果的に何も読まないで使用できてしまったのならば、コスト(時間)をかけずに洗濯機を使える状態になっているわけであり、①説明書を読む、と比較して断然タイパが良いと言える。