ESGと防衛産業(英国)-英国政府等が、防衛産業はESG投資に合致する、と表明

2024年06月28日

(安井 義浩) 保険計理

1――ESGにおける防衛産業について

防衛産業というのは、簡単に言えば戦争あるいは防衛に使用する武器を作る産業、というのが素朴な理解になる。戦闘機や軍艦そのものを造るというのならわかりやすいが、実際には半導体や精密機械などはどうなのか、素材を生産する会社はどうなのかと考えると、その線引きは難しい。

また、自国の安全、国民の命を危険にさらす活動に関わるものなので、できればあらゆる制限をなくしたものにしたいところだろう。それに対してESGなどというのは、本来手段を選ばず収益を上げたいといった企業の活動に対して、環境に配慮するなど平時においてすら「制約」をかけるものである。(ただし、企業がそうした配慮をしていることが社会全体に理解されれば、むしろ評判が上がり、収益性にもプラスとなることになる、らしいが。)

ということからすると、ESGと防衛産業は互いになじまない性質をもっているといえそうで、「ESG要素を満たす防衛産業などありえない」とあきらめるか、あるいは「防衛産業においてはESG要素など満たす必要はない」と割り切るか、ということになりそうに思われる。

英国においては、これに対して、昨年来いくつかの意見表明がなされている。

2――英国における意見表明

2――英国における意見表明

1英国国防大臣の声明(2023.9.23)1
2023年9月23日の英国の国防大臣の声明においては、以下のような意見が表明されている。
 
「英国の防衛部門は、英国の中核的利益(英国国民の主権、安全保障、繁栄)を促進する上で不可欠な役割を担っている、と英国政府は明確に表明している。特に例えばウクライナにおいて、英国は、必要な支援や軍事援助を提供するのに主導的な役割を果たしている。

防衛産業は軍を支え、重要なインフラを保護している。平時であろうと有事であろうと、民間部門における防衛産業は、国家安全保障に不可欠である。

にもかかわらず、現在のところ防衛産業は、ESGを理由に、負債や自己資本へのアクセス(筆者注:借入や自己資本充実のための資金調達のことを指すものか)から除外されようとしているのが現状である。これは国防省支出だけで250万人以上の雇用を直接・間接に支えている経済の重要な部分の存続を脅かすことになる。こうしたことは、英国の防衛産業が我々の生活を守るために不可欠であることを認識していない誤りから生じるのではないか。

このようなダイベストメントは調達コストを上昇させ、納税者の資金を他の国防支出や公共サービスから遠ざける恐れがある。現在、世界的な不確実性が高まる中で、重要な戦略的資産としての防衛産業の価値は高まる一方である。
 
英国政府は、ESGの原則と防衛産業の間にはなんの矛盾もない、と主張する。核抑止力を含む強力な国防があってこそ、われわれが「あって当然」のように思い込みがちな自由を確保することができるし、投資家や金融サービス会社がESGを考慮しようとする大前提が防衛産業の充実である。
 
2023年に発表されたグリーンファイナンス戦略にもあるように、英国政府は国益、経済、あるいはより広範な環境社会目標を守るためには、英国の防衛産業とNATO同盟国への継続的な民間投資が不可欠と考えている。
 
さらに英国の防衛セクターは、様々な方法でESGの考慮事項を反映している。新技術の推進やESG指標の報酬体系への組み込みなどである。

投資家は、投資において自由な選択を行うべきだが、それは上記のような考え方や事実に基づいたものであってほしい。

英国の省庁においても、防衛省は調達プロセスにおいて、環境及び社会問題に関してリーダーシップを発揮しているし、財務省もまたESG格付けにおける善良な行為を促進するため、ESG格付けに関する規制枠組みに関する協議を行なっている。

政府は、ESGの価値観が平和と安全を維持する能力を損なうものであってはならないと考え、逆にこうした能力がなければ、ESGの価値観を維持することが難しくなると考える。」(要約おわり)
 
1 防衛産業と環境、社会、ガバナンスへの配慮(2023.9.12)
 https://questions-statements.parliament.uk/written-statements/detail/2023-09-12/hlws997
2英国財務省と投資協会との共同声明(2024.4.23)2
こうした考え方を受けて、英国財務省が、2024年4月23日、投資協会との共同声明において、「防衛産業はESG投資に合致するものである」との見解を表明した。考え方は以下の通りである。
 
「防衛産業に投資することの代表的な効能は、

・国家安全保障に貢献し、全国民が享受できる市民的自由を守ることに貢献できること
・それと同時に、年金基金や個人投資家に、長期的な利益をもたらすこと

である。だからこそ、英国の世界有数の投資業界が、英国の防衛産業部門を支援しており、投資協会の会員企業による英国の防衛産業への投資総額は350億ポンドに達している。

長期的に持続可能な投資、というESGの要点は、経済界の全てのセクター・全ての企業の成功を支援することであるため、経営が順調で、優良かつ高品質な製品を供給している防衛産業への投資は、ESGにおいて考慮すべき事項と両立するものである。」
 
2 英国財務省と投資協会による共同声明(2024.4.23)
https://www.gov.uk/government/news/agreed-joint-statement-from-hm-treasury-and-the-investment-association

3――おわりに(筆者の感想)

3――おわりに(筆者の感想)

最初に延べた通り、ESGという考え方そのものが、平時・平和を前提としたものという印象であり、国防といったテーマはその枠外であろうというのが第一印象であった。そもそも自分たちの命が脅かされている時、安全が怪しい時に、環境問題などにかまっている余裕はないのではないか。そうであれば、防衛産業には投資におけるESG基準は適用しないというやり方もあるはずだが、今回の意見表明では、ある意味逆に、「防衛産業こそがESGの根幹を支えるものである。」とし、だからこそ、むしろESGの内側にあって合致するものであると言い切っている。 

この点については様々な考え方があろうが、英国においては、少なくともそうした「議論」が可能であるということだろう。わが国でも、今後の参考にしていく必要があるように思われる。

保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩(やすい よしひろ)

研究領域:保険

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴

【職歴】
 1987年 日本生命保険相互会社入社
 ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
 2012年 ニッセイ基礎研究所

【加入団体等】
 ・日本アクチュアリー会 正会員
 ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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