暑熱ストレスの労働への影響-東アジアのいくつかの研究で労働生産性の減少が指摘されている

2024年05月28日

(篠原 拓也) 保険計理

7|南京市での猛暑の影響調査 : 産業の相互依存性のため製造業やサービス業にも間接的損失が発生
7つ目の研究は、中国の南京市で行われたものだ。まず、熱波がマクロ経済に与えるまでの枠組みとして、暑熱に関する環境研究、暑熱関連の超過死亡や労働生産性の損失に至る疫学研究、労働時間喪失につながる産業影響分析、産業価値の減少などのマクロ経済分析、の4つについて具体的な影響波及経路を示している。その上で、経路に応じた関係式を設定している。その結果、2013年8月5日から18日にかけて南京で発生した14日間の熱波により、屋外作業の多い農業で4.50%、鉱業で4.22%、建設業で4.20%の生産労働時間減少を招いた。さらにその影響は、産業の相互依存性のため、製造業で0.69%、エネルギー供給業で0.70%、サービス業で0.67%の生産労働時間減少につながった。これにより、2013年に南京市に274億9000万元(44億米ドル)の経済損失がもたらされた。この結果から、産業の相互依存性のために製造業、エネルギー供給業、サービス業にも、熱波による間接的損失が生じる可能性がある、としている。
8|中国での高温補助金支払いに関する調査 : 屋外労働生産性に大きな負の影響を与える可能性
8つ目の研究は、中国で行われている「高温补贴」("ガオーウェンプティエー"と発音)といわれる、猛暑環境での従業員向けの高温補助金に関するものだ。気温が屋外では35℃、屋内では33℃を超えた場合、使用者は労働者にこの高温補助金を支払う必要がある。11

同研究は、屋外での作業に伴う高温補助金に焦点を当てている。まず、5つの全球気候モデルをもとに、RCP8.5、RCP4.5、RCP2.6について、気温シナリオを設定する。そして、1997~2005年を基準期間として、2030、2040、2090年における気温の状況から、高温補助金がどの程度増加するかを予測している。その結果、基準期間中の高温補助金は、平均して年間386億元(62.2億米ドル)(=GDPの0.2%相当)であったが、RCP8.5の下では今世紀末に中国のGDPの3%に達する可能性があると予測された。この結果から、気候変動による暑熱ストレスは、重労働を中心に、屋外労働生産性に大きな負の影響を与える可能性がある、としている。12
 
11 2012年に導入された行政措置。熱中症からの労働者保護のために労働コストに高温の影響を考慮することを明示した世界初の国家規制とされている。
12 なお同研究は、高温補助金のコストは職場の暑熱に伴う経済的負担の一部にすぎず、熱関連の生産性損失、熱中症等の他のコストの削減を目的とするものであることを忘れてはならない、としている。

4――おわりに (私見)

4――おわりに (私見)

以上、気候変動による地球温暖化が進むことにより、暑熱ストレスが労働にどのような影響を与えるか、という点について先行研究を見ていった。労働生産性をはじめ、労働災害、労働安全時間、高温補助金のコストなど、さまざまな観点から研究が行われていることがわかる。

本稿では、日本の状況に類似すると考えられる東アジアの研究(うち1件は日本)を見ていったが、通常、気候や労働環境等は国や地域によって異なる部分がある。このため、これらの研究の結果が、日本の各地域にそのまま当てはめられるとは限らない。ただし、暑熱ストレスが労働に与える影響を考えるうえで、参考情報として活用する価値は高いものと思われる。

今後も、地球温暖化が労働に与える影響の調査・研究は、世界中で進められていくだろう。引き続き、それらの研究をウォッチしていくこととしたい。

(参考資料)
 
  1. 「令和6年度クールビズについて」(環境省, 報道発表資料, 2024年4月23日)
    https://www.env.go.jp/press/press_03119.html
  2. Manuela De Sario, Francesca Katherine de'Donato, Michela Bonafede, Alessandro Marinaccio, Miriam Levi, Filippo Ariani, Marco Morabito, and Paola Michelozzi, Occupational heat stress, heat-related effects and the related social and economic loss: a scoping literature review, Worklimate Collaborative Group, Front Public Health. 2023; 11: 1173553. Published online 2023 Aug 2. doi: 10.3389/fpubh.2023.1173553
  3. Li X, Chow KH, Zhu Y, Lin Y. Evaluating the impacts of high-temperature outdoor working environments on construction labor productivity in China: A case study of rebar workers. Build Environ. (2016) 95:42–52. doi: 10.1016/j.buildenv.2015.09.005
  4. Yi W, Chan APC. Effects of heat stress on construction labor productivity in hong kong: a case study of rebar workers. Int J Environ Res Public Health. (2017) 14:1055. doi: 10.3390/ijerph14091055
  5. Ma R, Zhong S, Morabito M, Hajat S, Xu Z, He Y, et al. Estimation of work-related injury and economic burden attributable to heat stress in Guangzhou, China. Sci Total Environ. (2019) 666:147–54. doi: 10.1016/j.scitotenv.2019.02.201
  6. Lee S-W, Lee K, Lim B. Effects of climate change-related heat stress on labor productivity in South Korea. Int J Biometeorol. (2018) 62:2119–29. doi: 10.1007/s00484-018-1611-6
  7. Liu X. Reductions in labor capacity from intensified heat stress in china under future climate change. Int J Environ Res Public Health. (2020) 17:278. doi: 10.3390/ijerph17041278
  8. Suzuki-Parker A, Kusaka H. Future projections of labor hours based on WBGT for Tokyo and Osaka, Japan, using multi-period ensemble dynamical downscale simulations. Int J Biometeorol. (2016) 60:307–10. doi: 10.1007/s00484-015-1001-2
  9. Xia Y, Li Y, Guan D, Tinoco DM, Xia J, Yan Z, et al. Assessment of the economic impacts of heat waves: a case study of Nanjing, China. J Clean Prod. (2018) 171:811–9. doi: 10.1016/j.jclepro.2017.10.069
  10. Zhao Y, Sultan B, Vautard R, Braconnot P, Wang HJ, Ducharne A. Potential escalation of heat-related working costs with climate and socioeconomic changes in China. Proc Natl Acad Sci U S A. (2016) 113:4640–5. doi: 10.1073/pnas.1521828113
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