(2)メインオフィスの重要性を熟知する米国巨大ハイテク企業~オフィス中心の文化を根付かせる
オフィスというリアルな場に集い信頼関係を醸成し協働(コラボレーション)することの重要性は、「人間社会の本来の在り方」や「人間の本性」に根差しているため、在宅勤務などのテレワークでは決して代替できない普遍的な原理原則と捉えるべきである。この点をしっかりと理解しオフィス戦略にこれまで取り入れてきたのが、GAFAM(グーグル、アップル、メタ(旧フェイスブック)、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフト)を中心とした米国の巨大ハイテク企業だ。これらの先進企業では、「オフィスの重要性」を変えてはいけない原理原則としてこだわる、全くブレない経営戦略の一貫性が堅持されていることに加え、それを「office-centric culture」(オフィス中心の文化)として企業文化にまで昇華させていることが特筆される。
例えば、グーグルが、2021年に全米各地でオフィスとデータセンターの新増設に70億ドル超もの投資を行う、とコロナ禍の真っただ中にあった同年3月にあえて表明した際に、グーグルおよびアルファベットのCEOのサンダー・ピチャイ氏は、「社員間でコラボレーションしコミュニティを構築するために直接集まることは、グーグルの文化の中核であり、今後も我々の将来の重要な部分となるだろう。だから我々は、全米にわたってオフィスへの大規模な投資を引続き行う」
15と述べている。
AI(人工知能)・自動運転や量子コンピューティングなど世界最先端のイノベーションをけん引し続けるGAFAMが、ソフトウェアなど得意の仮想空間ではなく実世界での従業員間のコラボレーションが欠かせないとして、リアルな場である「オフィスの重要性」を「企業文化」や企業経営の「原理原則」として大切にし愚直に実践し続けていることは、極めて興味深い。
GAFAMなど米国の先進的な巨大ハイテク企業は、従業員の創造性を企業競争力の源泉と認識し、それを最大限に引き出しイノベーション創出につなげていくために、自社所有の大規模な本社施設を「クリエイティブオフィス」として構えてきた。これらの本社は、そこで生活できるくらい多くの機能を備えた大規模施設として広大な敷地に構築されることが多いため、大学になぞらえて、本社施設全体を「キャンパス」と呼ぶことが多い。巨大な社屋の中に一つの街が再現されたかのような施設がキャンパスだ。
GAFAMなど米国の巨大ハイテク企業では、2020年に新型コロナウイルスのパンデミック対応として、重要業務を継続・早期復旧するとともに従業員の健康・安全を守るために予め定められたBCPを発動し、それに沿って速やかに躊躇なく在宅勤務体制に移行した一方、新型コロナの治療法が確立しワクチン接種が広がるなどして従業員の安全確保が確認できれば、BCPを直ちに解除しメインオフィスでの業務を全面的に再開する、すなわちコロナ前の体制に積極的な意味で「戻す」のが基本形(ベースライン)であったとみられる。すなわち、不動産を重要な経営資源に位置付ける「CRE(Corporate Real Estate:企業不動産)戦略」
16の下でオフィス戦略を既にきっちりと組織的に実践できている先進企業であれば、コロナ後には平時の体制に戻すのであって、コロナ禍での気付きをBCPや働き方・オフィス戦略の改善に活かすことはあったとしても、基本的には、最先端のワークスタイルやワークプレイスを活用したこれまでの戦略に大きな変更は生じないはずだからだ。
2021年夏以降は、コロナの変異株による急激な感染再拡大を受けて、米国の巨大ハイテク企業の間で全面的なオフィス再開を遅らせる動きが続いた。同年夏にデルタ株の流行を受けて、本格的な出社再開を同年9月から2022年1月へ延期する企業が相次いだが、2021年末にはオミクロン株の流行を受けて、2022年の年明けからのオフィス再開を見合わせ再延期する動きが散見された。しかし、巨大ハイテク企業におけるこのような動きは、全く驚くに当たらない。これは、コロナ禍を受けて在宅勤務主体の働き方に全面的にシフトするといった、オフィス戦略の抜本的転換ではない。コロナ変異株への懸念から出社再開の延期が続いたが、「コロナ禍が終息すれば平時の体制に戻す」というこれまでの戦略を大きく変更しているわけではなかったとみられる。従業員の安全・健康を確保できない限りオフィスを再開しないという、明確なBCPが機能していることを示すものだ。ブレないBCPがあれば、コロナの感染状況に合わせて柔軟な対応が可能になるのだ。
その後、ウイルスの脅威が後退して従業員の安全確保が確認でき次第、早ければ2022年春以降、実際に巨大ハイテク企業の間で順次オフィス勤務の再開へ向けた動きが広がった。例えばグーグルは、同年4月初めに本社を全面的に再開し、多くの社員が週3日以上出社するハイブリッドワーク体制に移行した。週3日以上の出社体制は、筆者がコロナ禍の中でいち早く提示した、前述のコロナ後のワークプレイス体制の在り方と完全に一致しており、アップルやアマゾンなども同様の体制を取っている。このようにハイブリッドワーク体制の在り方について、筆者の考え方とGAFAの方針が一致したことで、筆者は「我が意を得たり」と心強く感じている
17。
15 Sundar Pichai,CEO of Google and Alphabet"COMPANY ANNOUNCEMENTS:Investing in America in 2021"Google Blog:Mar18,2021を基に記述した。グーグルの米国での2021年オフィス増床計画に関わる詳細な分析については、拙稿「アフターコロナを見据えた働き方とオフィス戦略の在り方(前編)」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2021年3月30日、同「アフターコロナを見据えた働き方とオフィス戦略の在り方」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』Vol.65(2021年7月)、同「コロナ後のオフィス アマゾン、グーグルが増床計画 引き出したい従業員の創造性」毎日新聞出版『週刊エコノミスト』2021年8月31日号、同「第10章・第1節 ニューノーマル時代における研究所などオフィス戦略の在り方」『研究開発部門の新しい"働き方改革"の進め方』技術情報協会2022年3月を参照されたい。
16 CRE戦略の概要については、第8章にて後述する。
17 運用方法に関わる考え方は、多少異なるとみられる。ハイブリッドワーク体制の在り方について、筆者は前述の通り、経営側がガイダンスとして示すことで従業員の選択を緩やかにコントロールすることが望ましいと考えている一方、GAFAでは従業員に対して実施を強く要請しているとみられる。