3|指針に照らした第一生命HDの完全子会社化
以下では、指針の各項目に照らして第一生命HDの完全子会社化(以下、本件子会社化)について検討を行う。
(1)独立した特別委員会の設置 これは対象者(ベネ社)による独立した特別委員会の設置に関するものである。特別委員会は、中立的な立場ではなく、対象者と一般株主の利益を図る立場に立って行動することが期待される組織である。ベネ社はエムスリーからの買収提案時に、社外取締役(監査等委員)である3名からなる特別委員会を設置している。指針でも株主総会で選任され、株主から直接責任追及を受けうるなどの理由で社外取締役が特別委員会の構成員になることが最も適切であるとしている。
指針では、特別委員会が取引条件の交渉過程に実質的に関与することが望ましいとされているが、ニュースリリースでは第一生命HDとの折衝において積極的な役割を担っていたとのことである。実際に第一生命HDの間で価格折衝が特別委員会の関与のもと数度にわたって行われており、この観点からは本件子会社化には公正な手続が行われていると言ってよい。
(2)外部専門家の独立した専門的助言等の取得 指針では、法務アドバイザーからの助言を取得し、かつ第三者評価機関等からの株式価値算定書等の取得に基づいて対象会社の取締役会または特別委員会により判断することが望ましいとする。特別委員会は必ずしも企業価値について専門性を有するわけではなく、経験と専門知識のある機関の助言が必要なためである。
本件子会社化にあたっては、対象会社が大手法律事務所からの助言を得ている。また、公開買付者(第一生命HD)、エムスリー、パソナおよび対象者のいずれからも独立した立場にある大手証券会社から株式価値算定書を取得し、株価算定に基礎にしている。
なお、指針では第三者評価機関等が、合意された取引条件が当時会社や一般株主にとって公正であるとの意見を表明する「フェアネス・オピニオン」を取得することが、利益相反や情報の非対称性の問題に対処するのに有効であるとしている。しかし、本件子会社化においては、株式価値算定書に公正さを疑う余地がなく、かつ各種の利益相反回避措置を採用していることから、「フェアネス・オピニオン」は取得していないとのことである。
(3)他の買収者による買収提案の機会の確保(マーケットチェック)マーケットチェックは他の潜在的な買収者によって対抗的な買収提案を行われる機会を確保することをいう。一般株主にとってより魅力的な買収提案が可能であるならば、そちらを選択できることで公正さを確保するものである。
そもそも本件子会社化自体が、エムスリーの公開買付けに対するマーケットチェックの結果であると言えよう。本件子会社化に関するマーケットチェックであるが、マーケットチェックは他の買収者が買収を決定できるだけの期間を確保することであり、第一生命HDは本件子会社化について2023年12月7日付で公開買付け実施予定について公表し、2024年3月11日まで買付けを行うことから、マーケットチェックは確保されているものと考えられる。
(4)マジョリティ・オブ・マイノリティ条件(MOM)の設定 MOMでは、M&Aの実施に際し、公開買付けに応募することができる株式のうちで過半数を確保できることを公開買付けの成立の要件とすることをあらかじめ表明することをいう。少数派である一般株主のうちでも過半数の賛同が得られていることで価格が適正であるとするものである。本件子会社化においては、公開買付けの成立を不安定にするため、実施しないこととされている。
(5)一般株主への情報提供の充実とプロセスの透明性の向上 一般株主は買収者ほどの情報を持たないため、情報の非対称性が存在する。したがって法定書類の記載を充実するとともに、任意でも説明を充実することが望ましい。本件子会社化においては法定書類のほか、ニュースリリースの形でも詳細な説明を行っている。
(6)強圧性の排除 強圧性とは公開買付けに応じなかった一般株主が、その後、不利に取り扱われることとなる場合には、実質上、公開買付けに不満があっても応じざるを得ないことになる問題を言う。本件子会社化においては、公開買付けの実施後、株式併合によるスクイーズアウトにおける株式の対価が公開買付けに応じた場合と同額となるように設定されており、強圧性の問題が大きいとは言えない。
そして公開買付け価格に不満のある株主は、その後行われる株式併合の株主総会の際に反対を行うことを通じて、公正な価格で買い取ることを請求することができる(会社法182条の4)。
以上の通り、フェアネス・オピニオンを取得しないことやMOMを実施しないことなど指針が望ましいとする手続をすべて満たしているわけではないが、ニュースリリースを見ると、公開買付け価格の決定に対して、数回やり取りを行い、対象者は特別委員会の関与の下で買取価格を引き上げることに成功している。そうすると全体的にみると公正な手順に従って価格算定が行われたといえるのではないかと考える。
6――おわりに