はじめに
学生時代に、複雑な算式を図表で表すと、いろんな形の曲線が描かれるのを勉強したと思う。この時には、「へー、そうなんだ」ぐらいの認識でおられた方も多く、むしろ、こうした算式の取扱いに四苦八苦して、結果として得られている曲線が、社会において、あるいは自然界において、どのような形で現れていて、どう役立っているのか、については、あまり説明がなく、殆ど勉強する機会もなかったのではないかと思われる。
ということで、今回の研究員の眼のシリーズでは、「曲線」について、どんな種類があって、それらが実際の社会における、どのような場面で現れてきて、どう社会に役立っているのかについて、報告している。これまでの2回の研究員の眼では、楕円、放物線、双曲線等の「円錐曲線」について報告した。
今回は、「カテナリー曲線」について報告する。
カテナリー曲線とは
「
カテナリー曲線(catenary curve)」又は「
懸垂曲線」というのは、ロープや紐等の柔軟性のある線状のものの両端を持って垂らしたときにできる曲線である。ただ単に「
カテナリー」という言い方もする。カテナリーの名称は、ラテン語で「鎖」を意味する「catena」に由来しており、まさに「鎖の両端を持って垂らした時にできる曲線」ということになる。
カテナリー曲線を示す方程式は、スイスの数学者のヨハン・ベルヌーイやドイツの数学者のゴットフリート・ライプニッツによって、1691年に初めて発表されている。
具体的には、このカテナリー曲線は、以下の算式で表される。
これにより、カテナリー曲線は、双曲線関数y=cosh(x) (ハイパボリックコサイン)と相似になっており、カテナリー曲線は、双曲線関数 y=a cosh(x/a) ということになる。
ここで、aは媒介変数と呼ばれるもので、aが小さいほどより鋭角的な曲線になる。
放物線との違いは
一見すると、カテナリー曲線は、放物線に似ていることがわかる。ともに、下に凸な曲線で、頂点を通る直線を軸として対称になっている。ところが、カテナリー曲線は、放物線とは異なるもので、両者は微視的には頂点付近でほぼ一致した形になっているが、巨視的にはカテナリー曲線は放物線に比べてより傾きが大きく鋭角性の高い形状となっている。
これを算式で示すと、以下の通りとなっている。
マクローリン展開によれば、
で近似されることになり、これはy軸で対称な放物線となる。
カテナリー曲線の性質
カテナリー曲線の形状は、まさに線状の物体に加わる重力とそれぞれの部分に加わる両サイドからの張力のバランスの中で形成されている。この関係を算式で表すことにより、微分方程式を作成し、その微分方程式を解くことで、カテナリー曲線の上記の算式が得られることになる。
具体的には、以下の通りである。
右の図において、カテナリーの最下点をOとし、曲線上の任意の点をPとする。点Oにおける張力の大きさをaとすると、点Pにおける水平方向の張力もaとなる(もし、点Pにおける張力がaと異なるものであったとすると、水平方向の釣り合いが取れなくなり、形状が安定しないことになる。よって、カテナリー曲線の形状として安定している場合には、水平方向の張力は変わらない)。ここで、点Pにおける張力の大きさをAとすると、水平方向の釣り合いから
A cosθ =a
となる。一方で、垂直方向の釣り合いから、弧OPの重量をWとすると
A sinθ=W
ここで、弧OPの単位長さ当たりの重さをkとすると、曲線の長さを算出する式を用いて、以下の通りに表される。
これらの2式からAを消去すると
よって、
この微分方程式を、初期条件y(0)=0、dy/dx(0)=0 の下で解くことで、
となる。
カテナリー曲線が観察される例
カテナリー曲線は、日常生活の多くの場面で観察される。具体的には以下の通りである。
・
送電線は、200mから500mの間隔の鉄塔で支えられているが、鉄塔間の送電線はカテナリー曲線となっている。
・
鉄道の架線は、基本的には50m程度の間隔の架線柱で支えられているが、架線柱間の架線はカテナリー曲線となっている。
・
電線は、約30m~50mの間隔の電信柱で支えられているが、電信柱間の電線はカテナリー曲線となっている。
これらの線の間隔については、長くなると中間が垂れ下がり、風等で左右に振れる幅が大きくなり、一方でそれを防ぐために張力を高くすると切れやすくなるので、そのバランスの中で決まっている。
・
侵入防止用の鎖のポールの間の鎖はカテナリー曲線となっている。
・
斜張橋(Cable-stayed bridge)は、橋の形式の1つで、塔から斜めに張ったケーブルを橋桁に直接つないで支える構造のものであるが、このケーブルもカテナリー曲線になっている。
(参考)吊り橋
これに対して、一般的な
吊り橋の形状については、カテナリー曲線になる場合と放物線に近い形状となる場合がある(なお、斜張橋が塔と橋桁をケーブルで直結しているのに対して、吊り橋は塔の間にまず渡したメインケーブルがあり、そこから垂らしたハンガーロープで橋桁を吊っている)。
太くて重いケーブルに軽い橋桁が支えられているような場合で、橋全体を1本の鎖のように考えることができる場合、カテナリー曲線になる。一方で、車が通るような吊り橋で、ケーブルに比べて格段に重量の大きな水平の橋桁を持つ場合、ケーブルは放物線(に近い形)を描くことになる。
これについては、先のカテナリー曲線の算式において、垂直方向の釣り合いが、点Pにおける張力と、弧OPの重量ではなく、弧OPの下にある床の重量とでバランスされる形になることから、
A sinθ=弧OPの下にある床の重量
弧OPの下にある床の単位長さ当たりの重量をkとすると、上記右辺はkxと表されることから、
a tanθ=kx
よって、
a dy/dx=kx
初期条件y(0)=0の下で解くと、
y=(k/2a)x
2
となり、これはy軸で対称な放物線となる。
有名なサンフランシスコの「ゴールデンゲートブリッジ」の殆どのケーブルは放物線を描いているようだ。
なお、ケーブル等の重量が無視できない場合の吊り橋のケーブルは、より複雑な形状となる。