賃貸住宅修繕共済の登場で期待される計画修繕の普及~賃貸住宅オーナーに修繕・点検時期セルフチェックのすすめ~

2023年10月20日

(塩澤 誠一郎) 土地・住宅

1――修繕を実施しない賃貸住宅オーナー

1|築25年以上の物件で半数近くが大規模修繕未実施
どのような建築物でも、年数の経過と共に老朽化する。老朽化に伴い建物や設備に劣化や不具合が生じるようになり、これを放置するといずれ破損や腐朽に発展して利用に支障を来す。最悪の場合事故を起こして被害をもたらしてしまう。賃貸住宅において事故にまで至った事例が実際にある1

事故に至るほど長きにわたり老朽化を放置するというのはさすがに極端ではあるが、実は適切に修繕が行われていない実態が賃貸住宅にはある。2020年に民間賃貸住宅オーナーを対象に実施したアンケート調査2では、大規模修繕の実施実績について、築25年以上の物件でも半数近くが「実施していない」と回答しており、大規模修繕の実施を含む計画的な修繕の普及が課題になっている(図表1)。
 
1 例えば、「2016年10月6日北海道函館市の3階建てアパートの2階通路の床が抜け落ち、6人が落下して負傷」、「2017年3月3日札幌市西区の賃貸マンションの最上階のコンクリート製ひさしが約30メートルにわたり崩落」といった事故が起きている。
2 一般財団法人住宅改良開発公社の委託によりニッセイ基礎研究所が実施した「賃貸住宅経営実態経営者アンケート調査」2020年2~3月にウェブアンケート方式で実施。マンション・アパート1棟を建築もしくは購入して賃貸住宅経営している登録モニターを抽出し実施。1,458票回収。詳細は、「賃貸住宅市場の動向と将来予測(展望)調査報告書」に報告されている。https://www.kairyoukousya.or.jp/institute/

2――修繕を実施する必要性と意義

2――修繕を実施する必要性と意義

1|腐朽や破損が発生してからの修繕では費用が余計に掛かる
大規模修繕とは、外壁や屋根などの工事に、足場を組む必要があるような規模の大きい修繕のこと3で、それだけ費用が掛かるものの、次の理由から賃貸住宅経営にとって非常に重要な意味を持つ。

外壁や屋根など風雨から躯体や住戸内を守る役割を担う部位の破損は直ちに内部への雨水の浸入につながる。それに気づくのが遅れると部材の腐朽を招き、床や壁の傾き、蟻害の発生といった症状に至る。あるいは住戸内に漏水して入居者に被害を与えてしまう。そうなってからでは工事も大がかりになり費用もかさむ。したがって、修繕は破損や腐朽に至る前に実施しておく必要がある。そのためには、定期的に点検を行い、劣化や不具合事象を早期に把握することが求められる。
 
3 建築基準法では、「大規模の修繕」として、「建築物の主要構造部の一種以上について行う過半の修繕をいう」と定義している(第2条第14項)。一方、一般的には屋根や壁など足場が必要な工事や、給排水設備などの交換なども含めている場合があり、ここから、壁や柱、梁などの主要構造部分の過半以上の修繕、屋根や壁などの防水、塗装工事、設備の交換など規模の大きい修繕を指すものと理解できる。
2|老朽化を放置すると入居率に影響が出て経営を圧迫する
また、賃貸住宅の場合、老朽化が目に付くようになると入居率に影響が出る。よほど立地がよい物件でなければ、周辺の新しい物件に対し競争力が低下し、家賃を下げなければ入居者を得られないといった状況を招き、経営を圧迫する。これを回避するためには、外壁や屋根の塗り直しといった修繕は不可欠である。
3|計画修繕で計画的、予防的に修繕を実施することは必要な経営手法
こうした修繕にかかる費用は、賃貸住宅経営における経費の中でも特に大きい。規模にもよるが大規模修繕には、数百万~1千万円以上必要になることが一般的と言われている4。そうであるなら破損や腐朽が発見されてから修繕資金を用意するのではなく、修繕の実施時期を予定しておき、それにあわせて資金を準備しておくことが、賃貸住宅経営上望ましいと言える。

建物や設備はおおむねどのくらいの経過年数で修繕が必要になるのか部位毎に修繕実施時期の目安がある。これに合わせて計画的に修繕資金を準備し、予防的に修繕を行うことを計画修繕と言う。計画修繕は、以上のように余計な費用負担を避け、入居率を維持するために必要な経営手法である。そこに計画修繕を行う賃貸住宅経営上の意義がある。
 
4 国土交通省による、「民間賃貸住宅の計画修繕ガイドブック」によると、11~15年目に実施する屋根・外壁を含む修繕工事費用をRC造20戸(1LDK~2DK)の賃貸住宅で約1,090万円/棟、RC造10戸(1K)で約460万円、木造10戸(1LDK~2DK)で640万円と例示している。
4|賃貸住宅経営を圧迫する悪循環を招かないために重要な計画修繕
そうではなく、明らかに生活に支障を来すような症状がなければ修繕を行わないのでは、次第に入居率が悪くなり、家賃収入が低下して、いざ修繕が必要になった時に資金を用意できず、十分な修繕を行うことができなくなり、さらに収益が悪化するという悪循環を招いて、ついには事故に至ってしまう。このような悪循環を招かないために、計画修繕は重要な取り組みと言える。

3――修繕を行わない理由

3――修繕を行わない理由

1|修繕を行わない3大理由は、資金不足と必要性の理解不足、賃貸住宅管理業者の提案不足
このように、賃貸住宅経営にとって重要な意味を持つ修繕であるが、なぜ修繕を実施しないオーナーがいるのだろうか?これについても過去に筆者が携わった調査で明らかになっている。

2016年に国土交通省の委託で、やはり賃貸住宅のオーナーを対象に実施したアンケート調査の結果5では修繕を実施しない理由として、「資金的余裕がない」約28%、「必要性が理解できない」約23%、「管理業者からの提案がない」約21%の順で割合が高くなっている(図表2)。

その次に高い、「自身の考えで実施しない」約19%の、その考えを聞いた設問では、「必要なときに修繕すれば十分」約53%、「実施しなくても入居率は変わらない」約35%、「実施しても家賃水準を維持できるわけではない」約15%となっていて、先に説明した賃貸住宅経営上の意義、必要性を理解していないことがわかる結果となっている。

このように、オーナーの「資金不足」、「必要性の理解不足」が修繕を実施しない大きな理由と考えられる。加えて、賃貸住宅経営のパートナーである賃貸住宅管理業者からの提案がないことも要因の1つとしてあげられる。
 
5 「民間賃貸住宅の大規模修繕等に対する意識の向上に関する調査」(2017年3月 国土交通省住宅局)の中で、2016年10月にウェブアンケート方式で実施し、約1,200票の回答を得た。
2|資金不足という課題を克服することが期待される賃貸住宅修繕共済
賃貸住宅の計画修繕を普及させるためには、オーナーの資金不足、必要性の理解不足、賃貸住宅管理業者の提案不足という課題を克服する取り組みが求められる。

これに対し資金不足については、昨年「賃貸住宅修繕共済」が発売されたことで、期待が持てる状況になった。賃貸住宅修繕共済は、将来必要になる賃貸住宅の修繕費を、共済掛金として積み立てることで、修繕実施した際の費用が共済金として支払われるものである6。積み立てた共済掛金は、損金計上できることが最大の特徴である。

これまでも、将来の修繕のために家賃収入の一部を金融商品などで積み立てる提案がなされてきた7が、特に個人オーナーにとって積み立てるメリットに乏しいことから、なかなか活用されないという実態があった。これに対し共済掛金を損金計上できることは、オーナーにとって大きなメリットと言え、修繕のために積み立てる十分な動機になるであろう。

共済掛金は修繕費としてのみに支払われることから、修繕工事が確実に実行される。その前提として、販売する代理店により毎年必ず建物検査が実施されることから、劣化・不具合事象の早期発見が期待される。

それらにより、オーナーにとっては資産価値の維持につながり、劣化に伴う入居率の低下、家賃水準の引き下げといった経営を圧迫する状況を回避することができる。社会的には適切に維持保全されることで良質な賃貸住宅ストックの形成が期待できる。

賃貸住宅修繕共済は、当初修繕の対象が屋根と外壁に限られていたが、2023年10月より階段・共用廊下・給排水管・立体式駐車場等に拡大されたことからも、今後、計画修繕を一気に普及させる可能性がある。
 
6 「全国賃貸住宅修繕共済協同組合」が提供しており、詳しくはウェブサイトを参照のこと。https://shuzen-kyosai.jp/
7 例えば筆者も、2007年に「賃貸版計画修繕積立制度の創設に向けて -賃貸住宅における計画修繕普及のための制度構築に関する研究-」(ニッセイ基礎研所報)の中で、積立型金融商品を修繕資金の確保のために活用することを検討し、融資と組み合わせた制度提案を行った。

社会研究部   都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任

塩澤 誠一郎(しおざわ せいいちろう)

研究領域:不動産

研究・専門分野
都市・地域計画、土地・住宅政策、文化施設開発

経歴

【職歴】
 1994年 (株)住宅・都市問題研究所入社
 2004年 ニッセイ基礎研究所
 2020年より現職
 ・技術士(建設部門、都市及び地方計画)

【加入団体等】
 ・我孫子市都市計画審議会委員
 ・日本建築学会
 ・日本都市計画学会

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