本章では、北米とオーストラリアで開発されたアクチュアリー気候指数を参考に、日本での指数の作成に向けて検討していこう。
1|どの項目を指数化するか?―高温、低温、降水、乾燥、強風、湿度、海面水位を指数化
まず、そもそも気象に関するどの項目をみるべきか、という検討ポイントが考えられる。ただ、これについて検討を進めていくと、候補としてさまざまな項目が考えられて、収拾がつかなくなる恐れがある。そこで、北米やオーストラリアと同様に、6つの項目を用いることを前提とする。
ただし、日本では、春から秋にかけて、高温の日に熱中症を発症する人が増える。特に、高齢者や乳幼児の場合、熱中症により、生命を失うような深刻な事態も発生している。こうした熱中症は、気温が高くなることに加えて、湿度が上昇して、"暑さ"(暑熱)が生じることに起因するという
19。そこで、日本版の気候指数では、項目の1つとして、湿度を追加する。
この結果、高温、低温、降水、乾燥、強風、湿度、海面水位の7項目を指数化する。
(※) 湿度指数には相対湿度を用いる
一般に、湿度には相対湿度と絶対湿度がある。指数にどちらの湿度を用いるか、検討が必要となる。
相対湿度とは、単位容積内の水蒸気の量と、その温度に対応する飽和水蒸気密度の比である。通常は、パーセント単位で表す。単位容積内の水蒸気の量が一定のままで、気温が上がると、分母の飽和水蒸気密度が上昇するため、相対湿度は下がる。つまり、相対湿度は、気温の影響を受ける。通常、日々の天気予報等の気象関係のニュースで湿度として示されるのは、相対湿度である。
一方、絶対湿度とは、単位容積内の水蒸気の質量と、乾燥空気の密度の比である。単位は、「kg/kg」となる。一般に、絶対湿度は、気温が上がっても下がっても変わらない。気象学では、「混合比」とも呼ばれ、湿度の指標としてよく用いられる。その理由は、「(a)空気塊が不飽和で水蒸気の凝結が起こらない、(b)上方から雨粒が落ちてきて雨粒から蒸発が起こるということがない、(c)まわりの違った混合比をもつ空気と混合しない。このような条件が満足されているときには、大気中の混合比の分布の変化を見ると、大気がどう動いているか見当をつけることができる」ためとされている
20。
今回、湿度指数に相対湿度と絶対湿度のどちらを用いるべきか、検討を要する。湿度指数と、高温指数や低温指数の指数間の独立性を重視する観点からは、絶対湿度を用いることが考えられる。しかし、絶対湿度は日々の天気予報等での湿度とは異なる。絶対湿度ベースの湿度指数は、一般の人々の肌感覚に合わない可能性がある。こうした点を踏まえて、今回は相対湿度を用いることとしたい。
19 熱中症とは暑熱環境で発生する障害の総称である。(「スポーツ医学検定 公式テキスト 1級」(一般社団法人 スポーツ医学検定機構, 東洋館出版社, 2019年)より)
20 「 」内は、「一般気象学〔第2版補訂版〕」小倉義光著(東京大学出版会, 2016年)より、引用。
2|元データとして何を用いるか?―気象庁の気象データと潮位データを使用
指数作成の元データとして何を用いるか、についても検討が必要となる。特に、潮位データについては、気象庁以外が観測を行っているケースもある
21。気象庁以外のデータを使用する場合には、データの同等性について、確認や検討が必要となるものと考えられる。
今回の指数作成の元データは、高温、低温、降水、乾燥、風、湿度については、気象庁がホームページで公開している気象データ(「過去の気象データ・ダウンロード」(気象庁HP))。海面水位については、潮位データ(「歴史的潮位資料+近年の潮位資料」(気象庁HP))を用いることとする。いずれも気象庁のホームページからダウンロードして取得したデータとする。
気象データは、日単位のものとし、各観測地点の「日最高気温 (℃)」、「日最低気温(℃)」、「降水量の日合計 (mm)」、「日平均風速 (m/s)」、「日平均相対湿度 (%)」のデータである。乾燥指数のために、降水に関しては、降水現象の有無に関する「現象なし情報」も用いる。
一方、潮位データは、月単位のものとし、各観測地点の「月平均潮位 (cm)」を用いる。
各地域区分で設定する気象データの観測地点は、原則として気象台等
22とする。気象台等では、過去からの日々の観測要素(降水量、風、気温、湿度、天気など)が取得できるためである
23。無人観測施設であるアメダス
24による観測地点でも、降水量、風、気温などのデータが取得できるが、湿度や一部の項目が取得できないなどの制約があることから、今回の気候指数作成のための気象データとしては用いない。なお、すでに観測を停止している地点のデータは、用いないこととする。
21 海面水位については、地点ごとに、国土地理院、海上保安庁、国土交通省、地方自治体の港湾局などがそれぞれ観測を行っている。
22 気象台の他に、有人の気象観測施設も含まれる。
23 一部の項目のデータが取得できない気象台等もある。その場合、その観測地点データは気候指数作成には用いない。
24 国内約1300か所の気象観測所で構成される気象庁の無人観測施設。アメダス(AMeDAS)は、Automated Meteorological Data Acquisition System(地域気象観測システム)の通称。
3|参照期間をどの期間に設定するか?―1971~2000年に設定
気候指数では、参照期間を設定してその期間の平均からの乖離度をもとに、気候変動の様子を捉えることが行われる。その際、まず検討点となるのが、参照期間である。
参照期間を考える際は、気象観測における「平年」と整合的であること、有用なデータが取得できることなどが要件となる。
まず、平年について。気象観測でよくいわれる平年値は、西暦年の一の位が1の年から、30年後の一の位が0の年までの30年間の平均値をいう。参照期間を平年と揃えて設定すれば、気象観測と気候指数の関係が保ちやすくなり、さまざまな点で都合がよいと考えられる。
つぎに、有用なデータが取得できること。一般に、古いデータほど、対象地域が限られていたり、データの観測方法が現在と異なっていたりするため、データの有用性は乏しくなる。たとえば、風速や潮位のデータについては、1960年代まではデータが一部欠損していたり、観測方法が異なっていたりするため、有用性に難がある。
これらを踏まえて、今回は参照期間を1971~2000年に設定することとした。
4|季節だけではなく月の指数も作るか?―月の指数も作る
オーストラリアでは、季節の指数だけを作成している。北米でも、主にグラフなどで公表しているのは季節の指数だ。そこで、月の指数は作るか、という検討点が生じる。
本稿では、季節の指数でグラフ表示を行うこととしている。しかし、月ごとに推移をみるニーズが皆無とは言えない。そこで、今回は、季節だけではなく月の指数も作ることとする。
指数は、月ごとおよび四半期の季節単位(12~2月、3~5月、6~8月、9~11月)に作成する。そして、月や季節の指数と併せて、月の5年移動平均、季節の5年移動平均の指数も設定する。これは、気候変動を、短期間の変動としてではなく、より長いスパンで捉えようとする試みである。
なお、やや細かいが、参照期間の当初5年間(1971~1975年)については、実績が5年分に満たないため、移動平均をとっても変動が大きくなる。そこで、この期間は、5年移動平均の不足分を1971~1975年の平均で補うこととする。