今回の文書においては、保険ギャップを縮小し、気候変動による大災害のリスクをできる限り軽減するための、様々な立場(保険会社、資本市場、政府等)における取組みの方向性を示し、関係者の今後の議論へとつなげたい。ただし大災害リスクを保険等で全てカバーできるものとは考えておらず、重要ではあるが一つの手段にすぎないことも承知している。それには大きく以下のようなゴールがあればよい、と考えている。
・保険会社が、自然災害後の迅速な保険金支払いができるような支援があること
・保険会社の引き受けるリスク軽減と適応策の奨励
・国、保険会社、資本市場など、それぞれの立場において責任とコストを適切に分担すること
・最初から国による補償をあてにするようなモラルハザードの防止
・大規模な自然災害からもたらされる、長期にわたる経済損失の軽減
EIOPAとECBは、家計や企業がリスクを軽減できるように、保険会社が充分な保険を引き受けることができるためには、政府が効果的なリスクの軽減や適応策を実施する必要がある、と考えている。以下様々な立場における役割と責任を挙げてみる。
(保険会社の役割)
保険会社は、高度な専門知識を前提として、迅速に損失を評価すること、保険金支払いを行うことが第一である。保険会社の方針としては、引き続き気候関連の災害に対する脆弱性をカバーできるような商品設計が求められる。
例えば、「インパクトアンダーライティング」と呼ばれるものが考えられている。これは引受方針・判断に際して、ESG要素の影響を考慮することや、気候変動リスクに対処する新商品を開発することなどの保険引受政策を指す。もちろん、そのための新しいリスク管理手法の組み入れも、同時に行う必要があるかもしれない。
(資本市場の役割)
また、保険そのものによるばかりではなく、経済社会全体における資金提供を支えるために、キャットボンドの利用を増やして、リスクの一部を資本市場の投資家に転嫁することができる。
キャットボンド(カタストロフィ・ボンド)とは、同程度の格付の債券に比べて高い金利が支払われるが、その代わりに大災害などの定められた条件下では、元本の償還が一部免除される仕組みの債券である。これはリスクの一部を、資本市場の投資家に移転する働きをもつものと解釈できる。
これにより、社会全体で損失を分担することができて、保険会社の負担だけに頼らないことを通じて、先に述べたような保険料の値上げをある程度抑える効果も見込まれる。
(政府の役割)
政府は、大規模な災害が発生した場合に保険会社が被る可能性のある費用を一部カバーするため、官民の協力(パートナーシップ)と金融援助(バックストップ)を設定することも考えられる。
まず国は、保険会社に対して「最後の再保険者」としての役割を果たせるような、法的な枠組みの整備が必要である。また国の政策は、無保険の損失に国の補償を与えることが目的ではなく、公的資金を効果的に使用するため、そして、災害後における国からの無条件の支援を最初から期待するようなモラルハザードを防止できるものであるべきである。
保険会社を財務上過度な負担から守り、公的資金が効率的に使用されるようにするために、そもそもの自然災害リスクを軽減するための強力なインセンティブを提供する必要もあるだろう。
資本市場の役割のところで触れたような、キャットボンドなどの代替手段の市場発展を支援していく政策も必要である。
(EU全体での取り組み)
特に「頻度は低いがいったん起これば大きな被害をもたらすような災害」については、国によっては、地震や洪水など地域の実情に応じて補償制度が既に存在する。また、EU全体におけるその支援策もあるが、これらは気候変動の要素も考慮したものにすべきである。「国レベルのモラルハザード」
2に対処するために、加盟国で合意された適応戦略や、温室効果ガスの削減目標の達成などの条件をつける必要も考えられる。
2 筆者注:国で必要な準備もしていないのに、EUの準備金による補償を求める、といった意味か
4――今後のスケジュール