国家医療保障局の速報によると、2022年のPCR検査に関する基本医療保険基金(全国)からの拠出はわずか43億元(約860億円)とした。また、ワクチン接種関連での拠出については2021年から2022年の2年間で、財政補助を含んだ金額で1,500億元ほど(約3兆円)とした。2022年の基本医療保険基金の支出2兆4,432億元(約49兆円)で考えると、支出のわずか6.3%ほどになる。速報では2022年に実施されたPCR検査やワクチン接種関連の費用が基金全体に大きな影響を与えたわけではないということになる。
ただし、この支出規模については留意が必要である。報道でも明らかなように、中国はゼロコロナ政策の重要措置としてPCR検査を連日のように実施し、‘常態化’していた。当初、PCR検査は国が主導し、公衆衛生政策の一環として実施していたため、その経費も中央政府が税金や財政からの拠出でまかなうべきという向きがあった。その背景にあるのは、集団による検査、ワクチン接種など感染症の流行や重症化を抑えるための公衆衛生サービスは「社会的な仕組み」の側面をもっているからである。また、政府財政による感染症や疾病の治療・生活環境の整備などは、個人の便益を高めるだけでなく、最終的には社会全体にとっても望ましい効果(外部経済効果)をもたらすからでもある。法的な規定から考えると、社会保険法など関連法・規定からも、公衆衛生として負担するべき費用は公的医療保険の給付の範囲外と定めていた。実際、PCR検査の費用は予算外の支出として計上され、人民代表大会の認可が必要とされていた
1。
しかし、国家医療保障局は2022年5月にPCR検査に伴う費用は各地方政府が負担すると決定している
2。遡ってみると、国家医療保障局は2020年6月時点で、対応が可能な地方政府については、検査試薬などの省ごとの調達、PCR検査・抗体検査などの費用の公的医療保険の適用、またはその条件の制定を求めていた。この時点で、中央政府、主務官庁は地方政府が管轄する医療保険基金の適用をにおわせていたことになる。
ただし、それまで医療保険の基金は感染の疑いがある患者・感染者の入院治療給付に加えて、ワクチン接種の費用の給付に充てられていた。治療に該当しないPCR検査の保険適用は一部の地域では見られたものの全体的な大きな動きにはなっていなかった。更に言えば、日々増加するPCR検査の費用まで医療保険を適用させた場合、基金の枯渇が問題となると認識されていたと考えることもできる。
このような曖昧な状況の中で、地方政府は2022年5月の国家医療保障局の決定を受け、PCR検査の費用については地方政府財政や公的医療保険による給付の範囲を決定する必要に迫られた。地方政府によって感染状況や財政状況が異なるため、結果として給付についても地方によって異なる対応となったのである。
地方政府はまず、強制検査の対象者とそれ以外の対象者について定めた。強制検査の対象者は主に入管職員、医療従事者・介護施設職員などのエッセンシャルワーカーに加えて発熱の外来患者・入院患者などの罹患者とした。例えば、深圳市では強制検査の対象者は、費用の90%を医療保険基金、10%を市の財政から拠出することとした。一方、広州市は費用の100%を市が管理する医療保険基金から拠出するとしている。強制検査以外の対象者については、公的医療保険専用の個人口座の残高の使用を可能となるなど、実施的な自己負担がなるべく発生しないように対応した地域もあった(遼寧省・深圳市など)。
このように、地方政府にPCR検査費用への対応を任せたことで、末端の市の財政、市が管轄する医療保険基金に多大な影響を及ぼしたことが推察される。加えて、PCR検査のみならず、ワクチン接種関連やコロナ関連の施設建設や備品、人件費など国全体でどれくらい財源が拠出され、そのうち地方政府がどれほど負担をしたのかについても不明のままである
3。国全体で対処すべき感染症やその予防・治療について、最終的な責任はだれが持つのか。公的医療保険は、昨今、高齢者デモなど制度改革への不満が表面化しており、国民にとっても身近な問題でもある。今後、医療保険制度改革が進められるにあたり、中央―地方政府間の役割分担を精査し、中央による末端行政への財政投入拡充など検討も必要となるであろう。
1 21世紀経済報道「医保局明確常態化核酸検測費用由地方政府承担、如何科学確定検測頻次?」(2022年5月26日報道)。
2 出典は 「関于做好新冠肺炎疫情常態化防控工作的指導意見」、「関于加快推進新冠病毒核酸検測的実施意見」(2022年5月、国家医療保障局)。なお、2020年5月時点で、国務院は条件が整った地域から、検査試薬などを省ごとに調達し、強制検査の対象者(入管職員、医療従事者・介護施設職員、発熱の外来患者・入院患者など)の検査は地方政府が負担、それ以外は企業や個人が負担するよう求めていた(「関于加快推進新冠病毒核酸検査的実施意見」)。
3 各シンクタンクなどがゼロコロナ以降のPCR検査・抗原検査費用・関連費用などの総額について試算を発表している。いずれも試算の根拠や指標が異なるため比較は難しいが、例えば、民正証券(2022年5月発表時点)では、PCR検査費用については3680億元、抗原検査費用については2138億元、その他人件費、施設関連費用などで7394億元(約14.8兆円)と試算している。