1―はじめに
EIOPA(欧州保険年金監督局)は2023年2月1日に、2023年の監督上のコンバージェンス(収束、統一)計画を公表
1した。欧州の保険監督当局が、どのような問題意識を有して、どのような問題に対して、監督上のコンバージェンスに向けて、どのように取り組もうとしているのかを知ることは、大変参考になる。
今回のレポートは、このEIOPAによる2023年の監督上のコンバージェンス計画の概要について報告する。
2―EIOPAの2023年の監督上のコンバージェンス計画
2―EIOPAの2023年の監督上のコンバージェンス計画-全体概要
EIOPAの主な目標の一つに、「各国の保険契約者及び受益者の保護水準を同程度に保ち、監督裁定を防止し、公平な競争条件を保証することを目的として、欧州全体で高い水準、効果的な水準、一貫性のある監督を確保すること」がある。このため、EIOPAは、毎年監督上のコンバージェンス計画を作成し、その進展に取り組んでいる。
1|全体概要
EIOPAが2023年2月1日に発表した2023年の監督上のコンバージェンス計画は、EU(欧州連合)で共通の監督文化と一貫した監督慣行を構築するというEIOPAの使命に沿って、2023年の間に監督上のコンバージェンスを強化するためのEIOPAの優先事項を特定している。
以前の計画と同様に、優先順位は次の3つの主要な領域を中心に挙げられている。
1.共通の監督文化の主要な特徴の実践的な実施と監督ツールの更なる開発
2.監督上の裁定取引につながる可能性のある国内市場及び公平な競争の場に対するリスク
3.エマージングリスクの監督
「1.共通の監督文化の主要な特徴の実践的な実施と監督ツールの更なる開発」に関しては、他の優先事項の中で、リスク評価のフレームワークと比例性の適用、コンダクトリスクの監督評価、及び持続可能性リスクに対するその監督アプローチ、ならびに監督者のためのデジタルツール技術の開発に引き続き取り組んでいく。
「2.監督裁定取引につながる可能性のある内部市場及び公平な競争の場へのリスク」に関しては、国内市場における信頼と一貫性を維持し続けるために、内部モデルに関するベンチマーク研究を促進し、国家監督当局(NCAs)が第三国の本社との再保険会社を扱う方法におけるコンバージェンスの欠如に対処することにより、監督上のコンバージェンスに引き続き焦点を当てる。
「3.エマージングリスクの監督」に関しては、監督上のコンバージェンスが鍵となるデジタル運用レジリエンス法(DORA)に関する新しい規制の実施を優先事項に含めている。また、サイバー保険引受業務、特に中小企業のサイバー補償へのアクセスをさらに分析する。さらに、デジタルビジネスモデル分析のパフォーマンスにおいて NCAsをサポートするための監督コンバージェンスツールを開発する。
2|優先領域の考慮すべき基準
監督上のコンバージェンス計画を策定する際に考慮される優先事項は、以下の3つのカテゴリーに分類されている。
(1) 保険契約者及び金融の安定性に影響を与える分野。リスクが顕在化した場合に影響を受ける保険契約者の規模や数、保険契約者個人への影響の規模だけでなく、市場の評価やビジネスモデルに影響を及ぼす可能性がある場合
(2) 監督上の裁定取引(特に、EU域内及びEU域外国との国境を越える取引について、同等国及び非同等国の双方について言及)が存在することにより、公正性、公平な競争条件又は域内市場の適正な機能に影響を及ぼす可能性のある分野
(3) 実務が大きく異なる主な監督分野
さらに、2023年の計画の優先順位の高さは、以前の計画に由来する優先事項を可能な限り完了することであり、同時に、監視を継続し、予期せぬイベントによる影響を緩和するために、ある程度の柔軟性を維持することである。
3―EIOPAの2023年の監督上のコンバージェンス計画
3―EIOPAの2023年の監督上のコンバージェンス計画-具体的内容
具体的な計画については、先の3つの主要な領域において、例えば、以下の項目が挙げられている。
(1) 共通の監督文化の実践的実施と監督ツールのさらなる開発
「リスク評価のフレームワークと比例性の適用」に関して、新しいフレームワークが有効になる時期に、比例性に関する新しいフレームワークの適用に関する運用ガイダンスを発行すること、及び新しい比例性フレームワークの一部の側面に関する最新の影響評価を発行することを目的として、フレームワークの将来の実施を支援するためのいくつかの内部準備作業を実施したが、これについてはソルベンシーIIの見直しに関するプロセスが終了するまで一時停止する。
ソルベンシーII要件の監督の最初の年についてNCAsが学んだ教訓を反映するために、ガイドラインをさらに改善できるかどうか、またどのように改善できるかを評価するための監督審査プロセス(SRP)に関するEIOPAガイドラインのレビュー、ならびに監督の質、有効性及び一貫性を確保する目的にガイドラインが適合し続けることを保証するための新しいマクロ経済環境及びデジタル化の新たな傾向について議論。EIOPAはまた、監督ハンドブックのリスク評価フレームワークに関する章のレビューの必要性を検討。
「内部モデルの監督に対する共通のベンチマーク」に関して、(1)「IMOGAPI(内部モデルの継続中の適切性指標)」ツールの年次更新とさらなる開発、(2)内部モデルのキャリブレーションに関する監督ハンドブックの章(の策定)。
「コンダクトリスクの監督評価」に関して、(1)2023年10月の銀行流通チャネルを通じて販売された信用保証商品に関するテーマ別レビューで特定されたリスクに対処するために出された警告のフォローアップとして、NCAsがとるべきフォローアップ措置の実施を監視し、プロセスに関与する全ての関係者に支援を提供、(2)リスク評価の実施に関連して実施する作業の種類を拡大、(3)2022年9月に公表された監督声明に関連する具体的な監視活動を含め、保険契約における除外や明確さの欠如の問題に引き続き取り組む、(4)マネーリスクの価値の監視を継続、(5)商品監視ガバナンス(POG)に関するピアレビュー、(6)コンダクトリスク評価とコンダクトリスク・ダッシュボードの方法論に関する監督ハンドブックの業務の章(の策定)、等
「環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクへの監督アプローチ」に関して、(1)ソルベンシーII第2の柱における気候関連リスクのEIOPA監督ハンドブックの章の改訂、(2)ORSAにおける気候変動リスクシナリオの使用の監督に関するEIOPA意見書の適用の監視の開始、(3)監督カレッジ会議での気候リスク議論、(4)気候関連リスク、特に自然災害の重要性の評価に関連する監督活動、及び監督カレッジ会議におけるORSAにおける気候リスク評価の統合に関する議論、(5)コスト過去実績分析の一環として、ESG商品に関するデータの収集を継続し、関連する分析を強化、(6)グリーンウォッシングの監視に関する作業、(7)自然災害保険の補償範囲に関する消費者の理解の分析(行動調査)をフォローアップし、契約条件の明確性を向上させるための解決策を特定、等
「グループ監督」に関しては、グループの監督、特に(他の金融セクターのカテゴリーに該当する関連会社についても)自己資本の取り扱いに関する監督ハンドブックの章をさらに改善する。
この分野では、さらに、「監督技術(SUPTECH)」、「キャプティブの監督」、「国境を超える観点からの監督ツール」といった項目が挙げられている。
これらの項目については、「2022年の監督上のコンバージェンス計画」に挙げられていたものとほぼ同じものになっているが、それらの具体的な取組み事項については、より一段の進歩・進展を目指すものとなっている。
(2) 監督上の裁定取引につながる可能性のある国内市場及び公平な競争の場に対するリスク
「技術的準備金の計算」に関して、ビジネスモデルとリスクプロファイルに応じて、会社の注意を喚起する技術的準備金の計算に対するインフレの増加の影響への意識を高める方法をさらに議論
「内部モデルの結果、モデリング方法論及び監督実務」に関して、(1)内部モデルによる損害リスクと分散化利益のモデル化に関する結果の比較研究のまとめと市場リスクと信用リスクに関する年次比較研究の継続、(2)生命保険リスクのモデル化に関する比較研究の開始、(3)オペレーショナル・リスクのモデル化方法論と監督慣行に関する分析の開始
この分野では、さらに「権限、適合性及び所有権」、「年金の問題」、「EUの第三国再保険」といった項目が挙げられている。
これらの項目についても、「2022年の監督上のコンバージェンス計画」に挙げられていたものと同じものになっているが、それらの具体的取組み事項に関しては、昨今の環境を反映して、「技術的準備金の計算に対するインフレの増加の影響」や内部モデルにおける「生命保険リスクのモデル化に関する比較研究の開始」が新たに挙げられている。
(3) エマージングリスクの監督
「
ITセキュリティ及びガバナンス関連のリスク(サイバーリスクを含む)」に関して、(1)EIOPAは、EBA(欧州銀行監督局)及びESMA(欧州証券市場監督局)と共同で、金融部門のデジタル運用のレジリエンスに関する規則(DORA)に基づく政策上の義務を履行するために、関連する利害関係者(監督者、業界等)をプロセス全体にわたって関与させることについて、合同委員会を通じて協力する。(2)ESAs(European Supervisory Authorities:欧州監督当局)
2は、政策上の義務の進展に加えて、DORAに起因する新たな役割と任務(例えば、監督体制、ICT関連の重大インシデントの報告管理等)に備えなければならない。2023年にESAsは、新たな規制要件に対応できるように内部プロセスとシステムを適応させるためのプロジェクトを開始する。
「
デジタルトランスフォーメーション」については、(1)AI(人工知能)ガバナンス原則レポートの発行に続いて、例えば保険における特定のAIユースケースのガバナンスとリスク管理に焦点を当てる等、さらなるセクター別業務の進展を目指す。(2)価格差慣行に関するモニタリングをフォローアップ、選択された加盟国で調査を実施することにより、特に差別につながる可能性のあるデータバイアスと分析に関して、デジタル時代における金融包摂に取り組む。(3)構造化されたモニタリングとステークホルダー・エンゲージメント戦略を策定、(4)欧州イノベーションファシリテーターフォーラム(EFIF)の保険及び年金セクターに関する分野での関連する議論への参加及び促進、(5)国境を越えるテストの手続き型フレームワークに関する分野横断的な作業の継続、(6)保険ダッシュボードのような特定のユースケースに特に焦点を当て、来るべき欧州委員会のオープン・ファイナンス構想を考慮して、オープンな保険フレームワークの機会と課題の分析を継続、等
この分野では、さらに「
サイバー引受け」、「
デジタルビジネスモデル分析」の項目が挙げられている。
これらの項目については、2022年の計画に引き続いて、「ITセキュリティ及びガバナンス関連のリスク(サイバーリスクを含む)」と「デジタルトランスフォーメーション」が挙げられているが、これらの項目の具体的取組み事項はより充実したものとなっている。また、2022年の計画に挙げられていた「ランオフ会社の監督」、「アウトソーシング及びサードパーティプロバイダー」の項目に代わって、「サイバー引受け」、「デジタルビジネスモデル分析」の項目が新たに挙げられている。
2 EBA(欧州銀行監督局)、EIOPA(欧州保険年金監督局)及びESMA(欧州証券市場監督局)
(参考)監督ハンドブック
国家監督当局(NCAs)の役割は、適用される規制のフレームワークの遵守を確保するために、健全で効果的かつ効率的な監督を提供することであるため、EIOPA は規則(EU)No 1094/2010(EIOPA 規則)第29 条第2項に従って、NCAsを支援する監督ハンドブックを作成している。
監督ハンドブックは、共通のEU監督文化と一貫した監督慣行を構築するという目標の達成に向けて、EIOPA のメンバー及びオブザーバーに、保険及び再保険会社ならびに生損保事業を行うグループの監督に関する優れた慣行を推奨している。
監督ハンドブック、及び関連する目次は、監督者の日常業務をサポートすることを目的としている。これには、機密扱いのセンシティブなガイダンス、推奨事項、ベストプラクティス、ケーススタディ、監督に関するアンケート、及び監督上のレビュープロセスを実施する方法の例が含まれている。
4―EIOPAの2023年の監督上のコンバージェンス計画
4―EIOPAの2023年の監督上のコンバージェンス計画-監視の優先事項
EIOPAは、監督上のコンバージェンスを支援するための実践的なツールをさらに開発していくために、NCAsの日常的な監督に関与しているが、2023年は、以下の優先事項を通じて効果的な取り組みを継続的に強化する、としている。
・国境を越えた協力の基盤を確立し調整することにより、サービスの自由又は設立の自由を通じた加盟国における保険サービスの提供に関連して生ずる行為又はプルデンシャルな性質の監督上の懸念を解決すること
・コンダクトと健全性の監督の両方の分野において、監督カレッジの傘下の合同現地査察に参加するか、又は国境を越えた協力プラットフォームを通じて、潜在的な国境を越えたリスクを評価すること
・各国監督当局と連携し、フィードバックと支援を提供することにより、EU全体の戦略的監督上の優先事項の実施を監視すること
・各国訪問や二国間の関与を通じて監督上の勧告を提供することで、NCAsの日常的な監督を支援し、コンダクトと健全性の監督の分野で、また内部モデルの監督の特定の分野でも支援する。
さらに、EIOPAは、要請に応じて内部モデル申請の分野でNCAsを支援する用意があり、このツールの開発を継続する、としている。
5―まとめ
5―まとめ
以上、今回のレポートでは、EIOPAが公表した2023年の監督上のコンバージェンス計画の概要について報告してきた。
これらの課題の多くは、日本の保険会社にとっても極めて重要な課題であることから、EIOPAにおけるこれらの課題の今後の検討動向等については、引き続き注視していくこととしたい。