ESGにおける取り組みや投資は、習近平政権が進める貧困対策、共同富裕、カーボンニュートラルなどの方向性と合致している。
その中でも、カーボンニュートラルなど環境問題の解決に向けたグリーンファイナンスの動きが顕著である。2016年にはグリーンファイナンスのガイドラインが発表され、2020年に習近平主席が国連総会で「2030年までにCO2排出量をピークアウト(カーボンピークアウト)させ、2060年までに実質ゼロ(カーボンニュートラル)の実現に努める」(「3060ダブルカーボン目標」)ことを演説して以降
1、関連の政策整備が急速に進んでいる。政府も目標の実現に向けて、幅広い資金調達を企図している。グリーンファイナンスは政府や関係部門による強力な後押しが追い風となっており、2022年上半期のグリーンボンド、グリーン資産担保証券は世界においても最大規模のマーケットに成長している
2。グリーンボンドの発行については発行体セクターでは銀行が最も多く、世界においてもトップクラスの発行体となっている。
保険会社については、2018年にESG投資に関する指針
3が発表され、政策整備も順次進められている状況にある。カーボンニュートラル分野については、2021年末までで債券、株式、資産管理会社による投資商品などを通じて1兆元(20兆円)を超える投資がなされているようだ
4。
一方、保険会社による「グリーン保険」(中国語:「緑色保険」)は需要が供給に追い付いておらず、まだ成長の余地を残している状態にある。グリーン保険は、環境保護、巨大災害、農業振興、グリーンエネルギー、グリーン資源の開発などのリスクをカバーする保険である。商品としては、2006年に環境汚染責任賠償保険の実験導入が提起され、2016年のグリーンファイナンスに関するガイドラインで「グリーン保険」としての発展の方向性が示された。環境汚染責任賠償保険以外では科学技術責任保険、農業保険などがある。中国保険業協会によると、2018年から2020年までで、グリーン保険関連の給付は534億元にとどまり、給付の規模はまだ小さい
5。なお、2021年10月には中国保険資産管理業協会に責任投資(ESG)専門委員会が設立され、2022年11月にはグリーン保険に関する定義・統計などに関して規定
6が発表されるなど整備が進められている。
加えて、政府が保険会社に求めるのは、低所得層向けの金融包摂関連の商品など貧困問題対策や、医療・健康分野のリスク保障、老後保障など国民の生活の安定、共同富裕に関連する保険商品である。中国の保険会社の中でも特に国有系保険会社は、いわば政府行政の末端機関として、これまでも農村住民や都市の低所得層向けにリスク保障を提供してきた経緯がある。冒頭の中国保険業協会によるESGレポートでは、その一例として医療保障を挙げている。例えば、高齢者や低所得層、都市部の出稼労働者向けの小額保険(マイクロインシュアランス)や、高額な医療費の負担を目的とした「恵民保」である。
小額保険(マイクロインシュアランス)は、2008年6月、所得が低い地域や農村など貧困・低所得地域を対象に導入された。当時の主務官庁である中国保険監督管理委員会は2007年に保険監督者国際機構(IAIS)と貧困層支援協議グループ(CGAP)によるマイクロインシュアランスのワーキンググループに加入している。小額保険は、従前の一般的な保険商品とは異なり、貧困救済の1つの手段として保険料が低額で、保険金も相対的に少なく、手続きが簡便な保険商品である。当時先鋭化していた三農問題(農村・農民・農業に関する問題)、都市と農村の格差問題を是正するために導入された。小額保険は民間保険商品であるが、貧困地域の地方政府が加入促進の宣伝を担うことで民間保険会社との連携がある。
一方、恵民保は、2015年、深圳市の「深圳市重大疾病・特殊疾病補充医療保険」に端を発している。深圳市の公的医療保険に加入している市民を対象に、高額な治療費や入院費用が必要な重大疾病や長期の治療が必要な特殊疾病などの費用負担の軽減を目的に導入された。地方政府は引き受ける保険会社を入札で決定し、財政補助などは基本的にないが、多くの市政府は宣伝の旗振り役として、ウェブサイトで保険料や給付内容などを掲載し、公的医療保険の個人口座から保険料を支払うことも可能としている。ESGレポートでは恵民保について、2021年末時点で全国28省、1.4億人が加入し、保険料収入は140億元とした
7。
保険会社によるESG投資や関連の保険の提供の規模はまだ小さいが、今後さらに拡大すると考えられ、その政策整備や規制緩和がより重要となる。