日本でも、近年、well-being経営に対する関心が高まっているが、日本企業の多くは、physical well-being や career well-beingの取組みが主たる内容になっている(図9)。具体的には、従業員の健康診断やワークライフバランス、ストレスチェック、産休・育休の推進などである。しかし、well-beingの重要な要素はそればかりではない。地域社会と従業員の良好な関係構築といったcommunity well-beingや、従業員の的確な資産管理といったfinancial well-beingも重要な要素である(図10)。
米国の職場では、激しい人材獲得競争(war for talent)が続く中、企業はより優秀な人材を惹きつけ、かつ定着率を改善するために、従業員のfinancial well-beingの改善に向けた取組みが活発になっている4。多くの企業が401(k)プランを提供し、金融教育プログラムの提供・増強に努めている。こうした中、モルガンスタンレーは、「企業向けに、従業員のfinancial well-beingを向上させるためのプログラム設計をサポートする」専門会社を立ち上げている5。金融リテラシーとは、financial well-beingを改善するために必要な金融に関する意識・知識・技術であり、従業員の金融リテラシー改善のサポートが米国企業にとって重要な課題になっている。
米国のDCプラン加入者を対象にしたアンケートによると、(1)加入者の87%が、投資商品が自分の価値観と一致することを望んでいるほか、(2)加入者の74%が、ESG関連の投資商品があれば拠出率を引き上げる、と回答している(図11)。つまり、企業はDCプランの投資商品の受け皿にESGファンドを加えることによって、従業員の拠出を増やし、退職準備を支援できるということを示唆している。参考までに、米国のDC加入者は、ESG投資によってインパクトを与えたい分野として、気候変動といった E の要素より、労働者の福祉や賃金といった S の要素を重視する傾向がある。こうした受益者の選好・ニーズに合わせた投資商品を揃えることも、従業員のfinancial well-beingの向上につながると考えられる。
さらに、年金資産のESG投資を通して、従業員が実社会の持続可能性の改善に寄与できれば(前掲図6)、実社会とのつながりの深化という点で、従業員のcommunity well-beingの改善にも寄与すると考えられる。英国では、"Make My Money Matter"という市民主導のキャンペーンがある6。これは、企業年金資産の運用にESGの視点を取り込み、実社会(地球環境や人々)に対してポジティブなインパクトを与えるよう、年金基金の加入者(従業員)が、基金運営者とその母体企業に働きかけを行うというものである。"My Money"と言っていることから明らかなように、年金資産のasset ownershipが年金加入者個々人にあることが強く意識されている。企業(年金基金)は、従業員の価値観や選好を踏まえたうえで年金資産を運用し、実社会の持続可能性の改善に貢献することが重要になっている。"Make My Money Matter"のグリーン憲章に署名する企業は着実に増加しており、これは、企業による従業員のcommunity well-beingの改善に向けた対応と整理できよう。