因みに、実際に地域の道路を見ると、デイサービスのワゴン車や温泉、幼稚園、病院、商業施設等の送迎バス等、白ナンバーで利用者等を乗せて走っている車が多数あるが、送迎のための追加料金を受け取らなければ、無償とみなされるため、道路運送法上の許可・登録は不要とされている。
ただし実際には、デイサービスの場合、送迎がなければ介護報酬が減算されるし、その他の送迎バスも、運行管理のコストは事業経費に含まれ、サービス料金や商品価格等に転嫁されていると考えられるため、実態は無償とは言えない。
このような旅客輸送制度の下で、各地域の交通ネットワークがどのような状況かというと、一部の都市部を除いて公共交通は衰退している。バス路線が廃止、縮小されたり、タクシー営業所が撤退した地域もある
8。また近年、交通事業者の間では、ドライバー不足が深刻化している。さらにコロナ禍で公共交通の利用が減り、交通事業者の経営は悪化している。自治体からの赤字補填が上昇し、自治体財政もひっ迫している。自家用有償旅客運送は、道路運送版の「限定免許」とも言えるものであるが、導入しやすい仕組みになっていないため、2006年度に創設されて以来、実施団体はほとんど横ばいである
9。現状では、公共交通を補完できていない。
公共交通の供給が減る一方で、高齢者に使いやすい移動サービスへの需要は高まり続けている。高齢化の進行、障害者の増加、要支援・要介護認定者の増加、認知症の人の増加、高齢者のみ世帯の増加で、送迎できる家族がいない高齢者が増えたことなどが要因である。
筆者が全国の道府県都・政令市の介護保険法関連の調査を独自に集計、ランキングした結果でも、高齢者が抱えている困りごとや生活ニーズでは、「送迎、公共交通の充実」がダントツのトップだった
10。東京23区を対象としたランキングでも、「送迎、公共交通の充実」が5位にランクインした
11。また、要介護の高齢者については、厚生労働省による集計の結果、「在宅生活を継続するために必要なサービス」は、いずれの規模の市区町村においても、トップが「移送サービス(介護・福祉タクシー等)」、2位が「外出同行(通院、買い物等)」だった
12。
このように、高齢者や要介護者の移動手段確保は、切迫した状況にある。各地で高齢ドライバーの事故が相次いでいるのに、免許返納が進まないという現実に表れている通りである。もはや、移動サービスへの需要を、緑ナンバーの車だけで満たしていくことは現実的に難しい。今後、自家用車の活用拡大は避けられないだろう。2020年に改正された地域公共交通活性化再生法でも「地域資源の総動員」が謳われている。問われているのは、具体的にどうやって「総動員」するかである。
前述したように、実は、白ナンバーで他人を「無償」で送迎している事業者は、既に各地域に存在する。デイサービス施設や、温泉、幼稚園、病院、商業施設等の送迎バスなどである。これらの事業者は、既に車両と運転人員を所有・管理しているため、送迎対象や時間帯、エリアを少し拡大して、地域の高齢者等も有償で送迎できるようになれば、追加費用を抑えて、地域の交通ネットワークを補完できる可能性がある。新たにドライバーを雇用する必要がないため、交通事業者が直面しているドライバー不足の問題も、それほど大きな問題にはならない。また、デイサービス施設に住民の送迎を担ってもらえれば、ニーズが高まっている要介護高齢者の介助まで行うことができる。問題は、住民の送迎にかかる費用分担をどうするかである。
現状で、白ナンバーを地域住民の送迎に活用している先行事例を見ると、病院や自動車教習所の送迎バスに善意で住民を無償送迎してもらっている事例や、市が委託費を支払って、老人福祉施設の送迎バスに住民を無償送迎してもらっている事例などがある
13。しかし、いずれの費用負担の仕組みも、持続可能とは言えない。白ナンバーの事業者の善意に頼って、住民を無償送迎させてもらう方式では、事業者側に運行費や人件費等の負担を強いるため、協力が得られる事業所は限定される。実際に、住民の送迎を開始したものの、撤退したというケースも見られる。また、自治体が事業者に委託費を支払って住民を無償送迎してもらう方式では、補助金が増えて税金の負担が増えるのに、受益者負担が無い、というバランスの問題も発生する。そしていずれも、安全確保の問題が残る。
地域で移動サービスが必要な人に「輸送資源の総動員」を実現し、持続可能な形で送迎を継続するためには、利用したい住民と、送迎する事業者・団体、そして全体をとりまとめる自治体側に、いずれもメリットがある、ウィンウィンになる仕組みを考えなければならない。白ナンバーであっても、動員するためには、対価が必要である。ただし、安全確保をどうするかが最大のネックになる。
そこで、白ナンバーによる送迎の安全確保を補う可能性があるのが、安全運転支援システムだというのが筆者の考えである。前述したように、道交法改正で、サポカー限定免許の対象となっている車種は、事故リスクを低減させる効果を持つからである。デイサービス施設や、温泉、幼稚園、病院、商業施設等の送迎バスは、現在でも実質、利用者の有償送迎を行っているのだから、車両に安全装備を搭載すれば、今よりむしろ安全性が向上するとも言える。
勿論、輸送に必要な安全確保措置は、ドライバーの運転技術だけではない。当該事業者における責任者の配置や指示系統の確保、運行管理者や整備施管理者の配置、点呼、安全管理規定、教育指導や事故報告の責任体制など、様々なものがある。これらの対策をどうするかは検討が必要であるが、例えば現在でも、道路交通法上、定員11人未満の車両5台以上を所有する事業者などは、安全運転管理者を選任し、運行計画の作成や交通安全教育、点呼や日常点検などを行うなど、一定の安全確保策を講じている。今年4月からは、ドライバーのアルコールチェックも義務付けられ、管理は強化されている。また「事故報告体制」の関係では、7月から、アクセルやブレーキ操作の記録装置(EDR)の搭載が新型車両に義務付けられ、より正確な事故報告が行われることになる。まずは、これら既存の安全対策を土台として、サポカー等による有償送迎の仕組みを検討していくことができるのではないだろうか。
目線を産業界に移すと、SDGsや地域貢献を掲げる企業は多い。特に、デイサービスの運営主体として多い社会福祉法人は、「地域における公益的な取組」が社会福祉法上、責務とされている。そのような企業・団体が、所有管理する車両や人員を活かして、地域で移動に困っている高齢者等を、買い物や通院に有償で送迎することができれば、大きな追加負担なく、地域貢献する道ができる。送迎を通じて、地域住民との接点が増え、本業にもプラス効果をもたらす可能性がある。高齢者にとっては、外出手段が確保でき、健康状態の維持改善や介護予防につながり、自治体にとっては介護給付費抑制や地域の持続可能性向上につながるだろう。
また、サポカーに必要なレーザーや高性能カメラ等は、自動運転技術にも使われることから、結果的に、自動運転の社会実装の早期実現につながる可能性もある。
改正道交法が施行されたが、高齢者に運転技能検査を課し、免許更新のハードルを上げるだけで、免許返納後の移動の受け皿を用意できなければ、高齢者を追い詰めるだけである。今は運転ができている人も、「将来、この町に住み続けられるか」と大きな不安を抱えるだろう。
国が進める「地域包括ケア」は、老後も住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを続けられる社会を目指している。そうであれば、日常生活に必需性のある「移動」についても、環境を整備しなければならない。高齢者等が利用しやすい移動サービスを増やし、安心して地域で暮らし続けられるように、旅客輸送制度も、技術の進歩、車の高度化を評価し、活用した仕組みに見直していくべきではないだろうか。