相互宝については、民間の医療保険の普及がまだ発展過程にある中で、医療保障の裾野を広げた点を評価すべきであろう。保険商品は沿海地域など所得が相対的に高い都市を中心に普及しているが、地方の小規模都市や農村部などでは広く普及していないという状況にあった。公的医療保険においても、都市部と農村部では給付や自己負担に大きな格差があり、制度の構造上、再分配機能が働きにくい状況にある。アリババ・グループ傘下のアリ集団による『網絡互助行業白皮書(2020)』によると、相互宝の加入者のうち、72.1%が地方の小規模都市に居住しており、79.5%が収入が10万元以下で、12.9%が公的医療保険に加入しておらず、68.4%が民間の医療保険、疾病保険に加入していなかった。相互宝はこういった公的・民間の医療保障から排除されていた人々を包摂する仕組みであったとも考えられよう。
相互宝の運営側によると、2021年末までのおよそ3年間で、17万9127名に対して、259億元を給付した
3。加入者がおよそ1億人と最大規模であった2020年を例にみると、給付総額は88億元となっている。これは、2020年の民間保険市場における健康保険(医療・疾病・介護・所得補償保険)の給付総額2,921億元の3%に相当する。
相互宝の普及が進んだ背景には、給付に充てる負担金を加入者間で等しく分担するとした分かりやすい仕組みを採用した点が考えられる。また、負担金をあらかじめ支払う必要がなかったため、所得が相対的に低い層にとっては加入ハードルが大きく下がった。更に、アリババ・グループのサービスを利用する膨大な数のユーザーを対象に、短期間で加入者を確保できた点も奏功したと言えよう。
運営については、運営側に支払われる管理費を給付額の8%と公表し、透明性の高さが見られた。また、支払い拒否に対する不服申し立てに対しては専門の審査員によって決定する仕組みを採用した。こういった新たな取り組みや透明性の高さが支持につながったと考えられる。
加えて、相互宝の仕組みを支える技術的な部分としては、保険会社が行う危険選択の一定程度を、アリババ・グループが提供するネット上の信用スコアに委ねることで、運営側が一定の条件を満たしたユーザーを予め選択できることが可能であった点もあろう。更に、既存の保険契約では保険契約者側にリスク情報が偏在する「情報の非対称性」の問題があるが、相互宝では、アリババ・グループのエコシステムにおける消費行動、健康に関する行動(オンライン診療、医薬品の購入など)などからそれを補う情報を一定程度確保できたと考えられる。
上掲のように、相互宝の普及の背景には、運営側のプラットフォーマーが持つエコシステムで集められた膨大な消費・金融・医療などの行動、個人情報の活用がある。しかし、保険商品と同様の規制や、保険会社のような厳しい監督・管理を受けていなかった点は、課題を有していると指摘されても否めないであろう。
3 なお、2022年1月の第1期では、3875万人に対して5.6億元を全額負担で給付している。
4――相互宝の運用終了がもたらす意味