次期政権下で、ドイツの「一人勝ち」が難しくなるもう1つの理由は、価値観による対立という傾向を帯びた難しい国際環境の下で、メルケル政権が積み残した困難な課題への取り組みや、メルケル政権が推進した政策の副作用への対応を求められることにある。
ここでは次期政権の主たる課題を3つあげたい。
1|グリーン化、デジタル化加速
メルケル政権期の「一人勝ち」の成果は、次期政権が取り組むべき課題と表裏一体である。財政収支の均衡を義務づける「債務ブレーキ」の導入で、財政の健全化は進んだが、公共投資の伸びは抑制された
*2。結果として気候変動対策やデジタル化対応が遅れた。例えば、二酸化炭素の排出量削減状況を反映する「エネルギー消費量当たりのCO
2排出原単位(炭素集約度)」は着実に低下しているが、EU平均に比べて高く、努力の余地を多く残す
*3。デジタル化も競合国に比較して遅れをとった。スイスに拠点を置くビジネススクール・国際経営開発研究所(IMD)が作成する「デジタル競争力ランキング」
*4ではドイツは16位に甘んじている(米国が1位、中国が15位、日本は28位)。
「信号連立」の3党、特に緑の党とFDPは、グリーン化、デジタル化に前向きだ。両党が若年層から高い支持を得たのも、メルケル政権期に十分に進展しなかったグリーン化、デジタル化加速への期待があるからだろう。両党の間には、目標実現のための公共投資や財源問題への姿勢の違いがあるが、どのようなアプローチをとるにせよ、次期政権には、この間の遅れを取り戻す成果が求められる。
2|EUの課題解決へのリーダーシップ
EU最大の経済として、EUの課題解決へのリーダーシップも求められる。
メルケル首相は、ギリシャに端を発するユーロ圏の債務危機対応を主導した。しかし、実際に、ユーロの安定に貢献したのはECBであり、ドイツ主導の支援は、危機国に財政緊縮を求め、過度の負担を強いたとの批判も強く残る。
今も、ユーロ危機再燃の芽となる圏内格差は解消していない。コロナ禍の後遺症で、圏内格差が単一通貨圏として許容できる範囲を超える水準に拡大することを防がねばならない。
コロナ危機対応ではメルケル政権も、フランスとともに復興基金「次世代EU」創設に動くなど連帯重視の姿勢を見せた。復興基金は、制度設計上は、補助金を通じた圏内格差是正と、グリーン化、デジタル化の改革・投資促進が期待できる。当面の優先課題は、2027年までの時限的枠組みである復興基金を円滑に機能させることだ。将来的には、復興基金終了後を見据えた後継の枠組み作りの議論をドイツがリードする必要も出てこよう。
EUの財政ルールの見直しも課題である。債務危機を教訓に改定された現状のルールは、ドイツの意向を反映して緊縮バイアスが強く、過剰債務国に厳しい。コロナ対応で、EUの財政ルールは、一時適用が停止されているが、23年には再起動が見込まれる。コロナ禍の後遺症に配慮し、グリーン化、デジタル化加速を後押しする修正が期待される。EUの財政ルールの見直しに、緑の党は賛成、FDPは反対と立場が異なるが、親EUの立場は一致する。EUとユーロ圏の安定と発展に資するルール作りに貢献することが期待される。
経済領域以外では、EUの難民政策や安全保障面での協力の強化も次期政権に引き継がれる課題となる。
3|中国との競争条件の公平化
中国との関係は、メルケル政権期に、緊密になったが、相互の市場アクセスが不均衡であるなど、競争条件の公平性に問題を抱える。
メルケル首相が、EU議長国(当時)として、2020年12月30日に原則合意に漕ぎつけた中国との包括的投資協定(CAI)は、市場アクセスや競争条件の公平化の一歩としての意味を持つが、協定の内容は不完全で、履行が確保されないとの批判も強く、現在まで批准手続きは凍結された状態にある。
第4次メルケル政権では、中国をパートナーであると当時に体制上のライバルと位置付けるようになった。次期政権に加わる見通しの緑の党、FDPは中国との競争条件の公平化や人権問題により厳しい姿勢を打ち出している。
中国との決定的な対立を回避しつつ、よりバランスのとれた関係への移行を実現できるのか、手腕が問われる。
*1 各党の政権公約については、伊藤さゆり「公約から考えるメルケル後の独連立政権と政策」(ニッセイ基礎研究所「研究員の眼」2021-09-06)をご参照下さい。
*2 IMD ‘World Digital CompetitivenessRanking 2021’
*3 Agora ’The European Power Sector in2020 (Data Attachment)
*4 伊藤さゆり「始まったEUの財政ルールを巡る攻防」(ニッセイ基礎研究所「Weeklyエコノミスト・レター」2021-09-15)をご参照下さい。「社会保障に係る費用の将来推計の改定について(平成24年3月)」(厚生労働省)によると、医療の給付費は2025年度に54.0兆円となる見通し。