1|市場の画定
欧州・米国の競争法
16における支配的な地位の濫用(私的独占の禁止)は、独占的な状態そのものを禁止するのではなく、独占的な地位のもとで、その地位を不当に維持し、あるいは他社を排除することが問題となる。
私的独占においては、一定の市場が画定され、その市場内で独占的地位にあることが要求される。そこでまず、各訴状にあるような市場があるのかが問題となる。市場とは売り手と買い手が取引を行うために競争を行う場である。簡単に言えば、売り手が商品Aについて価格を上げると買い手が商品Aに代替して別の商品Bを購入するように行動が変わるのであれば、商品Aだけの市場が存在するとは判断されない。他方、値の上がった商品Aを相変わらず買い手が買い続けざるを得ない場合に、商品Aだけの市場が存在するとされる。バナナの値段を上げたら、リンゴに需要が向かうのであれば、バナナだけの市場はない。しかし、値上げしたバナナが相変わらず買われるのであれば、バナナという固有の市場が画定される。
米国の司法省等訴状では、この市場の画定に当たって、他の市場との代替性がないことを主張している。司法省等訴訟で一定の市場があると主張されるのが一般検索サービス市場である。一般的な検索(たとえば「侃々諤々」の語義を調べる。近所の図書館の場所を検索するなど)は、他の飲食店やホテルなどの専門検索サービスではできない。したがって、独立した市場と言えそうである。
なお、一般検索サービスでは、無料サービスであることから「取引が行われる市場」といってよいのかが問題となる。この点、司法省等訴訟では、利用者の個人情報とアテンション(興味・注目)を検索広告市場で収益化していると説明している
17。なお、日本の公正取引委員会では、このような無料サービスでは個人情報を対価として取引を行う市場があるものとしている
18。
ところで無料市場であると、市場を画定しようにも価格がないため、先に述べたバナナの例は使えない。そのため、司法省等訴訟の訴状では、価格ではなく、品質、特に個人情報の保護レベルを利用して市場確定を行っている。つまり、Googleの個人情報保護レベルに満足していない利用者であっても、使い続けるということであれば、そこに市場が確定されるとの考えである。
この点、Googleはどういっているのであろうか。手がかりとしては、先述の、米国下院の司法委員会反トラスト・商業・行政法小委員会の多数派提言でGoogle側の証言として述べられているところが参考になる。Googleとしては、市場では利用者のアテンションを獲得する競争が行われており、この観点からは、bingのような一般検索のほか、たとえばオンラインゲームなども競争相手となり、したがってGoogleは市場独占をしているわけではないとの主張である。
仮に、多数派提言で触れられているような主張だけをGoogleがしているとするならば、反論としては弱いと考える。無料市場はそもそも市場として画定すべきでないという主張に基づくものかと推測されるが、たとえばフリーミアム(無料サービスで利用者を集め、一部の人に有料サービスを提供して採算を得る事業モデル)などもあり、無料であること=市場が画定できないとは言いにくい。
仮に、以上のように市場画定が可能とすれば、上記で述べたような、シェアの大きさ(90%、モバイルでは95%)から言ってGoogleの独占的な地位は認められるものと考えられる。
16 欧州は欧州機能条約(TEFU)102条、米国はクレイトン法2条
17 司法省等訴状P10参照。
18 無料サービスであることが市場を否定することにならないことについては白石忠志「「プラットフォームと競争法」の諸論点をめぐる既存の議論」(ソフトロー研究第28号)P41参照。